誓約の成約要件は機密事項です
「いい? そんなの幻聴なんかじゃないって! そこまでハッキリ言われているなら、ちゃんと答えなきゃ」

「でも……」

「でも、じゃない! え。もしかして、副社長のこと、そんなに嫌い? 顔を見るのも嫌? 近づかれると、吐き気がする?」

「いえ、そんなことはないんですけど……」

今まで、仕事上顔を合わせることは、何度もあったが、そんなふうに感じたことはない。

「そうよね。副社長の面倒な仕事、千帆ちゃんはちゃんとやってるし……」

若手社員に経験を積ませるためという名目で、千帆のいる経理部やお隣の総務部、人事部などには、涼磨から突発的な仕事が舞い込む。もちろん、直属の部長や課長を通じての業務指示だが、千帆などは何度も仕事をお手伝いしているため、涼磨から直接指示が入ることもあった。

こうした仕事は、繁忙期を避けて行われているが、ルーティン業務以外はなるべくしたくない那央は、できる限り涼磨からの仕事は避けていた。

そうした社員は、特に女性では珍しくないため、結果として自分の普段の業務の一部を同僚にお願いしてでも、涼磨からの仕事を千帆が請け負うという事態が発生している。仕事を引き受けてくれる同僚たちが、それを望むからだ。

「そんなに嫌じゃないなら、会えばいいじゃない」

煮え切らない千帆に、那央は軽い調子で言う。

人の気も知らないで、と憮然とした千帆に対し、那央の方が不審な顔をした。

「だって、千帆ちゃんはお見合いをするんでしょう? その他の人たちと、何が違うの?」

「え……だって、副社長ですよ?」

「知らない人と会うより、よっぽど気が軽いように思えるけど」

「そんなことないですよ」

「そう?」

千帆が、難しく考えすぎているのだろうか。
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