誓約の成約要件は機密事項です
自分も同じシートに座っているのに、何が珍しいのか、涼磨はこちらを向いたままだ。咎めるように小首を傾げてみせると、少しためらった後、涼磨は手招きした。

近づくと、顔を寄せて囁かれた。

「座りづらくないか」

「大丈夫です」

「寒くないか。ブランケットを借りてこようか」

「大丈夫です」

子どもと初めて出かけた、過保護な父親のようだ。こんなことを訊くために、耳元で囁くという、男慣れしていない千帆には高難度のことをしないでほしい。

もういいかと思って離れようとすると、すかさずまだだとばかりに、また顔を近づけられる。

「ポップコーンは、ここに置いておく」

「……」

呆れたふりをして、席に戻る。これ以上は、耐え切れない。

深く腰かけて、顔を両手で覆う。

きっと、顔は真っ赤だ。涼磨の息が吹きかかった耳の辺りが、ドクドク言っている。暗いお蔭で気づかれていないことを願うばかりだ。

「遠慮はするな。余っても困るからな。半分以上は食べなさい」

千帆は、黙って頷く。もう反論する気も起きない。

照明が落とされ、予告編が始まったところで、千帆はようやく両手を顔から外した。

そろりと見上げると、さすがに涼磨も自分の席に引っ込んでくれたようだ。隣が見えないのは、有り難い。

――やっと落ち着ける。

ばれないように、そっと溜め息をついて、画面に注目した。
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