誓約の成約要件は機密事項です
千帆にとっては、社長一家の相続問題なんて、はい、そうですかとしか言いようがない。

まだ祖父である会長も顕在で、社長も健康そうなのに、もう相続の話が決まってしまっているのかと驚きこそすれ、意見などあるはずもない。

けれど、長男特有の面倒を盾に断るのは、しづらくなったようだ。

それでも何かないかと、千帆はもじもじと頭を悩ませる。

「副社長は、それでいいんですか? その……愛情とか……いらないんですか?」

「君は必要なのか」

「それは……そういうのは、徐々に育てていけばいいかと」

「では、それでいい」

弾かれたように、千帆は顔を上げた。

『では』とは、どういう意味だろう。言葉のあやだろうか。

「車、出すぞ」

「あ……はい」

それ以上は、どう引き止めれば良いか分からず、千帆は頷いた。

渋滞に巻き込まれることもなく、車はすんなりと千帆の家の近くまで来た。

「今日は、家の前まで送らせてくれ」

「いえ、いつものコンビニで大丈夫だから」

「僕が大丈夫じゃない。今日は遅い」

無意味に跳ねる心臓が恨めしい。

本当に、慣れていないのだ。女扱いされるというのは、こういうことなのだろうか。

千帆は、いちいち過敏に反応する自分が嫌になった。
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