誓約の成約要件は機密事項です
「愛情、か」

ぽつりと漏らされた一単語に、心臓が跳ねた。

恐る恐る顔を上げようとした千帆の顎に涼磨の指が添えられ、大きく上を向かせられた。

千帆の体が、無意識にビクリと大きく揺れる。いつもはそれで放される涼磨の手は、千帆の顎をしっかりと掴んでそちらを向かせていた。

「生理的嫌悪感は、ないように見える」

「そんなのありません」

「君と僕の間には、同じ職場で働く者として、ある程度の親愛の情があると思っていたが」

「……はい」

「それで、十分では?」

逃れようとする千帆の顎を、涼磨の指はどこまでも追いかけ、ついには両頬を覆われた。

――十分じゃない。

人としての好感があれば十分だと思っていたのに、違った。千帆は、自分が間違っていたことにようやく気がついた。

――あなたを好きになってしまったから。

だから、足りないことに気づいた。

好きになってしまったから、もっと欲しくなってしまった。同じだけ、返して欲しくなってしまった。

地歩は、必死で唇を引き絞り、目元に力を入れた。

そうしないと、何を口走り、泣き叫ぶか分からなかった。心が体からはみ出さないようにするだけで、精一杯だった。

< 83 / 97 >

この作品をシェア

pagetop