今夜、お別れします。
『今、どこ?』
「会社を出たとこ。約束があるから、そこに向かってる途中」
『また、田丸さんと会うの?それとも他のヤツ?』
明らかに不機嫌な声音に、胸の奥が苦しくて痛い。
「……田丸さん」
『どこで会うの?』
言わなくちゃダメなんだろうか?
言ったところでどうなると言うんだろうか?
答えに戸惑う私の耳に、桐谷の苛立つ声が響く。
『萌奈、言えよ。田丸とどこで会うの』
もはや命令だ。私の意見なんて聞く気がないのは声音で分かる。
仕方なく約束のカフェの名前を言った。
『ふぅん。分かった』
そう言うなり、電話は切れてしまった。
それ以外何も言わずに。
行くなとも、まして別れ話を匂わすような言葉も何も。
桐谷は一体何を考えているんだろう?
桐谷の考えていることが分かった試しはないけれど、今この時も彼が何を考え、何を思っているのかさっぱり分からなかった。
さらに重くなる足を引きずって、カフェまでの道のりを歩いた。