今夜、お別れします。
田丸さんが帰った後、その場で話をするのかと思ったら、桐谷は注文を取りに来た店員に断って私を連れて店を出た。
近くに停まっていたタクシーに乗り、自分のマンションの名前を告げる。
桐谷のマンションで、話をするつもりなんだろうか?
聞きたくても、桐谷の機嫌が悪いのが分かって、声をかけることもできない。
付き合って1年経つというのに、桐谷のマンションには数えるほどしか行ったことがなかった。
彼の部屋は黒を基調としたシックな印象だけど、どこか殺風景だった。
彼自身が「ここには寝に帰るだけだからな」と言っていたように、ベッドとテレビとソファとサイドテーブルしかなかった。
そんな自分の部屋があまり好きではないらしくて、彼は私の部屋ばかり来たがっていたっけ。
「入れば?」
家に着いてからも玄関の前で躊躇う私に掛けられる桐谷の声が、とても低くて重い。
「お邪魔、します」
促されるまま部屋の奥へ進み、ソファに腰掛けた。
皮のソファはひんやりと冷たい。