今夜、お別れします。
震える私の両手をふわりと包み込む大きな手が見える。
いつのまにか私の隣に座って、桐谷は私の両手を優しくさすってくれていた。
「萌奈のあほう……。辛くてもちゃんと見てれば分かったんだ。千歌ちゃんの唇は、俺の口に届いてなかったんだよ」
「……は?」
「身長差プラス咄嗟の俺の抵抗のおかげで、俺の貞操は守られました」
「……は?」
冗談みたいな言い方に、間抜けな声しか出ない。
「正直千歌ちゃんの気持ちは嬉しかったよ。妹みたいに可愛がってたからな。でも、俺は惚れた女とじゃないと、キスも抱き合うこともしない。かなり一途な人間だと自負してますが?」
冷たくなって震えていた指先に、じんわりと熱が伝わる。
桐谷の体温だ。
「き、桐谷は、私のことが……好きなの?」
「なぜに疑問系?」
「だって……」
だって、と口にしながら、その後の言葉が続かない。
桐谷はいつだって伝えてくれていた。
付き合い始める時も、付き合っている時も、そして今も……。
信じなかったのは私だ。
自分に自信がなくて、一途な後輩の想いの強さに負けた気がして逃げ出した。
彼は浮気なんてしていなかったのに、誤解して、私の方が浮気、した。
自分がどうしようもなく情けなくなって、自分に腹がたつ。
どうしてもっと強くなれないんだろう?
どうして信じる強さを持てなかったんだろう?