今夜、お別れします。


震える私の両手をふわりと包み込む大きな手が見える。


いつのまにか私の隣に座って、桐谷は私の両手を優しくさすってくれていた。


「萌奈のあほう……。辛くてもちゃんと見てれば分かったんだ。千歌ちゃんの唇は、俺の口に届いてなかったんだよ」


「……は?」


「身長差プラス咄嗟の俺の抵抗のおかげで、俺の貞操は守られました」


「……は?」


冗談みたいな言い方に、間抜けな声しか出ない。


「正直千歌ちゃんの気持ちは嬉しかったよ。妹みたいに可愛がってたからな。でも、俺は惚れた女とじゃないと、キスも抱き合うこともしない。かなり一途な人間だと自負してますが?」


冷たくなって震えていた指先に、じんわりと熱が伝わる。


桐谷の体温だ。


「き、桐谷は、私のことが……好きなの?」


「なぜに疑問系?」


「だって……」


だって、と口にしながら、その後の言葉が続かない。


桐谷はいつだって伝えてくれていた。


付き合い始める時も、付き合っている時も、そして今も……。


信じなかったのは私だ。

自分に自信がなくて、一途な後輩の想いの強さに負けた気がして逃げ出した。

彼は浮気なんてしていなかったのに、誤解して、私の方が浮気、した。


自分がどうしようもなく情けなくなって、自分に腹がたつ。


どうしてもっと強くなれないんだろう?

どうして信じる強さを持てなかったんだろう?





< 28 / 34 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop