今夜、お別れします。
嫌だった。
彼女が桐谷に近づくのを見るたび、イライラした。
じゃれついてくる子犬を撫でるように、彼女の頭をポンポンとする桐谷は、その場面を私が見ている事を知っていたはずだ。
彼女の見ている前で、平気で他の女に触れる桐谷の事がよく分からなかった。
私なら、そんな場面を見ても平気だと思ったんだろうか?
隠れて付き合っていたから誰も私たちのことは知らない。
勿論千歌ちゃんだって、同僚の先輩の彼氏に平気で近づくような無神経な子ではない。
知らないから、気の遣いようがないのだ。
よりによって、同じ会社の隣り合う部署でなかったら、桐谷と千歌ちゃんがじゃれ合う姿を見ることもなかっただろうに。
仕切りのないフラットな空間は、私に見たくもない現実をどこまでも見せつけた。
「桐谷さん、まだ見てるのかな?俺たちの事」
田丸さんの声にハッと我に返った。
会社でじゃれ合う2人の姿が、一瞬で脳裏から弾け飛ぶ。
「さぁ、どうでしょう?それより、すみませんでした。あの、田丸さんを利用したとか……」
明らかに言い訳にしかならない言葉を並べて頭を下げた。