シンデレラのドレスに祈りを、願いを。
§舞踏会に誘われて

★ 1


*―*―*
★★★

私は大学を卒業して、パティスリー四つ葉という菓子店に就職した。当時は就職氷河期で四大を出た学生が全員、総合職に就けるわけではなかった。有名大学にいても高卒枠で入社試験を受けて一般職で入社、なんてことが当たり前だった。優秀とはいえなかった私は普通に事務職を希望していたけれど、どの会社にも落ち、この小さな菓子店に就職を決めた。

ケーキなどの生菓子の他にクッキーやパウンドケーキなどの焼き菓子を扱い、売り上げの規模としては焼き菓子の方が上だった。結婚式やお祝い事のパーティーで出す引き出物として、うちの焼き菓子は有名だった。一度注文が入ると、100個単位だし、なかには1000を超える注文もあった。大卒の私は工場や店舗で働くのではなく、営業兼配達係として外回りを命じられた。

あの日もそうだった。

日本を代表する商社の創立記念パーティー、私は引出物の搬入でホテルを訪れていた。焼き菓子の詰め合わせを300個。30個入りの段ボール10個をカートで運んでいた。

このホテルは最近リニューアルされたばかり。派手なシャンデリアに間接照明、大きな生け花、壁のような洋画。まるで中世のお城に迷い込んだようだった。
ホテル内を歩いてる人だって皆、着飾っている。色とりどりのドレス、スーツ。華やかにアップされた髪、踊るように揺れるポケットチーフ。別世界に生きてる人みたいだ。

そんな中を白いシャツと黒のパンツという地味な制服でカートの持ち手を押す。その重さに豪華絢爛なホテルは絵空事のように思えた。私には無縁の世界。

ふかふかのじゅうたんに車輪が絡んで押しにくい。
そのとき、持ち手にガガンと大きな力が掛かった。つんのめる。

ガタガタガタガタ。
カートに積んであった焼き菓子の箱達がじゅうたんに崩れ落ちた。

その音に皆が振り返る。注目を浴びる。
でもすぐに元の会話に戻る。誰ひとりとして私を気にかけるひとなんていなかった。
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