バッドテイストーヴァンパイアの誤算ー
「忘れ物はない?
お義父さん、よろしくお願いします」
「では、明日までお預かりします」
「行ってきまーす」
がっしりした体型で落ち着いたロマンスグレーの紳士が子供達を連れていく
細身だったあの人は母親似で全くタイプは違うものの穏やかな声と性格は父親譲りだった
いつものように今日からキャンプに子供達を連れていってくれる
出張ばかりであまり家に居なかった彼だけど子供達のことはよく可愛がっていた
彼の休みと子供達の休みが合えば必ず子供達を連れて泊まりがけでキャンプや釣りへと出かけていった
男の約束だと言って家族旅行以外は私はほとんど留守番だったけど
今では彼のお義父さんが月に二、三回ほどこのように子供達を連れ出してくれる
ちょうど一周忌を過ぎた辺りからだ
彼の忘れ形見である子供達とできるだけ過ごしたいのだろうと思って快く送り出す
私はその間ロキと一緒に普段の子供達とのにぎやかな時間とは違うゆったりとした時間を過している
いつもは子供達を送り出して、家の中に入ると私たち三人以外には絶対に顔を見せないロキがソファーの後ろから出てくるはずだった…
玄関のドアの鍵を閉めてリビングのドアを開けた瞬間、
ふわっと花のように甘い匂いがしたかと思えば背中に感じる人の気配、
そして顔の横にはさらさらとしたくすぐったい感触、腰に手を回され歩きにくい
「今日も呼んでませんけど…?」
あの温泉に拉致された日から彼が意味もなく頻繁に現れるようになった
血を吸うのは相変わらず月に一回だけど、こうして私が一人になると音もなく背後に立つ
そして決まってロキは姿を消している
「知ってる」
分かりきったことを言う彼、私が聞きたいのはそんなことじゃない
はぁーと思わずため息が出てしまうと彼はそのままのトーンで続ける
「こうしたいから、ここにいる」
「側にいたい、触りたい」
ストレート過ぎてまるで子供みたいだ
「今日はだめか?」
首をかしげながら私を覗きこむ
そんな風に甘えたぶりっ子動作も彼の美貌があれば無敵だ
(ずるい、ずるい、ずるいー!!!)
彼は自分の容姿がどれ程の力を持っているかきっとわかってやっているんだ、こんな風にお願いされたら男性だって断れないと思う
「ちゃんと子供達が居ない時にきた…」
そう、あの日彼は私を中々離そうとしなかった、でも時間は刻々と過ぎていくから
しょうがなく子供達には絶対姿を見せない、存在も気づかせないという約束で私が呼ばなくても姿を現すことをもう一度許してしまった
もう一度のはずだったのに彼はなし崩しでこうやって私の側にいる
今思うとこれも巧妙に仕掛けられた罠のように思う
(明日までどうしよう…)
子供達が戻ってくるのは明日の夜だ、それまで丸二日もある
(あぁ、血も吸わないくせに毎回何しにこの人、このヴァンパイアはここにくるのか…)
そう彼はこうやって姿を現しても私にぴったりくっついて匂いを嗅ぐだけだ
私が何をやっていてもこうだし、夜なんかはこのまま寝る
私の心は全く落ち着かずいつも悲鳴をあげている
彼がどんどん私の生活に侵食してくる
(こんなのきっと間違ってる)
だけど、彼を振り払うことができない
何がなんでも今日は午前の間に仕事を片付けてしまわなければいけない
「今から仕事しなきゃいけないんです!」
「そうか」
「歩きにくい!!」
私の言葉が全く響いていない彼を無視してパソコンを立ち上げる
彼は無口なので、今だけは存在を忘れて目の前の画面に集中することにする
例え、ダイニングの椅子で彼に後ろから抱きかかえられるように二人で座っていようとも…