《短編》ガラクタ。
「俺、飯まだだし、奢ってやるから一緒にどう?」


「…言っとくけどあたし、安物なんか食べないからね。」


「じゃあ、知ってる料亭と中華の店、どっちが良い?」


完敗だ、と思った。


高いものが良いと言えば引いてくれると思ったのだが、当たり前のように返された台詞にあたしは、次の言葉を失ったのだ。


とりあえずこの頭のおかしいナンパ男についてわかったのは、お金を持ってるってこと。



「…居酒屋、それで良い。」


一瞬、そんな言葉を投げたあたしに目を丸くした彼だったが、次の瞬間には“オッケ”と、そう口元を緩めた。


多分、初めて見せた穏やかな顔だったと思うけど、悪くないのかもしれないと、そんなことが頭をかすめる。


言動は確かに常軌を逸しているところはあるが、黙ってれば普通に格好良い部類に入るのだろう。


茶色い短髪を無造作に遊ばせ、何より瞳が印象的で、見てると吸い込まれそうになってしまうのだから。



「俺、アラタ。」


“ヨロシクね”と、そう付け加えた彼は、まるで子供にするように、あたしの頭を軽く撫でた。


撫でて、思わず身構えてしまったあたしをクスリと笑い、取り出した煙草を咥えるようにして先を歩き出したのだ。


あたしの名前は聞かないのかよ、と思いながらも肩をすくめ、仕方なくその半歩後ろをついて行けば、チラリと伺うように振り返った彼はまた、不敵に唇の端を上げた。


そんな顔に、やっぱり明日は朝刊の一面だろうかと思わされるのだが。


まぁ、それならそれで面白いのかもなと、そんなことを思ってるあたしも、十分頭がおかしいのだろう。


身を切るような風が吹き抜けて、無意識のうちにコートの前を固く閉じてみれば、街のネオンが放つ光に、彼の左耳のピアスがキラリと煌いた。


< 4 / 77 >

この作品をシェア

pagetop