【短編】本日、総支配人に所有されました。
この期に及んで、この人は何を言い出すかと思えば・・・、余裕の微笑みを浮かべながら私に右手を差し出す。


断るつもりもないが、右手に私の左手を重ねても良いものか戸惑う。


恐る恐る左手を差し出すと強引に引っ張り、お互いの手を重ねられる。


骨張ったスラリと長い指が、私の手の平を覆い隠す。


「…嫌だったら、全力で振りほどけ。今日は上司と部下ではなく、"同僚"だからな」


言葉は傲慢だが、微笑みは柔らかく、歩く速度も合わせてくれている。


そう言えば、職場でも歩く速度を合わせてくれていた。


サービス業だし、お客様の歩幅に合わせなくてはならない仕事だからかもしれないけれど・・・。


「今日は車で出かけるから。乗って」


連れられるままに歩くと"月極駐車場"に辿り着き、ドアを開けてエスコートされた。


コクン、と頷き、車に乗り込むとふんわりと良い香りが広がる。


この香り、ほんのり甘くて癒されるなぁ。


支配人が選んだのかな?


「よ、宜しくお願いします!」


「そんなにかしこまらなくていいよ?今日は"同僚"なんだから。…取って食ったりしないから、安心しな」


シートベルトを締めても、緊張のあまりにガチガチに身体が固まり、ベルト部分を握りしめたままの私を見て、支配人はからかう。


隣でニヤニヤと笑う支配人は、職場では見られない姿だが、新鮮かつ気恥しい。


わざとからかって遊んでるのかな?


「…さっきから気になってたけど、暑い?顔が赤いみたいだけど…」


信号待ちの時、バックミラー越しに私を見ながら問いかける。


顔に火照りを感じていたのは暑いのではなく、支配人のせいです。


支配人が近距離過ぎて、運転中も綺麗な横顔を目で追ってしまうし、密室な車内に二人きりなんだから緊張感がなくなる事はない。
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