キミが笑ってくれるなら、それだけで…
土砂降りの雨と眩しい太陽
幸ちゃんが居なくなってからも

私は変わらず朝と昼休み、

そして放課後の今も

もう居ないのだと頭で分かっていても

呼べば、ひょっこり現れるんじゃ

ないかって…

心がそれを拒むように

身体が勝手にここに向かって

歩き出す。

つくづく習慣は怖いと思う。

律さんが亡くなった時もそうだった。

いつも通り起きて、私は律さんを

呼んでいた。

でも、返事は当然返ってこない。

部屋の中は変わらず

律さんの匂いも

気配も感じるのに

やっぱり居なくて…

現実を知るたび、見るたびに

苦しくて悲しくて

私の心は土砂降りの雨のように

ずぶ濡れで、晴れる日なんてなかった。

空を見上げれば

眩しいほどに晴れているのに

私の心の中では雨が降り続けてた。

そんな私の心を救ってくれたのは

幸ちゃんだった。

なのに、私は幸ちゃんを

救えなかった…

与えて貰ってばかりで

何も返してあげられなかったね。

ごめんね、幸ちゃん…

後悔先に立たずって言うけど

本当だね。

悔やんだところで幸ちゃんは

もう居ないのに…

私はこうしてここに来て

幸ちゃんを探してしまう。

じっと幸ちゃんの寝床を

見つめていると…

後ろに誰かの気配を感じる。

振り向かなくても、なんとなく

分かってしまう私は

敢えて自分から声を掛けた。

「何か用?日下部くん」

「えっ…何で分かったんだ?」

見てもいないのに…って思ってる

んだろうな。

驚いた表情の日下部くんが

目に浮かぶ。

「なんとなく、かな…

何か用?」

ザッザッザッ…

砂を踏む足音がどんどん

近付いてくるのが分かって

私は振り返る。

しゃがんだ私を見下ろす

日下部くんは、やっぱり驚いた表情で

私は何も言わず寝床に視線を戻した。

あれだけ言ったのに

懲りない人だね、日下部くんは…

「謝りたくて…

俺のせいで花宮に怪我、

させちゃったし…」

気にしなくていいって言ったのに

南野さんといい、日下部くんといい

律儀だな…

「気にしなくていいって

言ったでしょ。

身体についた傷なんて

時間が経てば綺麗に消えるし

なんてことない」

そう…擦り傷や切り傷は

時間が経てば治る。

心の傷に比べたら

本当なんてことないし…

「それでも…

謝らせて欲しい。

ほんと、ごめん!」

「じゃあ、許す…

だけど、今から私が言うこと

守ってくれないなら

許さない」

立ち上がって振り返り

私は日下部くんの目を見て

はっきり告げた。

「2度と私に関わらないで。

それが守れるなら、許す」

目を見開いて、そして戸惑いの

表情の日下部くんは

1度空を見上げて…

私に視線を戻した。

そしてはっきりと澄んだ声だった。

「じゃあ、許さなくていい…

俺は花宮とこれからもずっと

関わりたいから」

え…なんで…?

予想の斜め上を行く答えに

今度は私が戸惑う番。

驚き、困惑、動揺、混乱…

私の頭の中は

色んな色の絵の具が混ざり合うように

ぐちゃぐちゃだ。

「別に私と関わらなくても

日下部くんには他にたくさん

友達がいるでしょ?

なんで、私に構うの?

ぼっち女だから、同情してるの?」

私の言葉に首を振る日下部くんの

次の言葉に、今度は頭が真っ白になった。

「花宮が好きだから」

え…

今、なんて?

私が好き?

あり得ないでしょ、そんなの…

人気者の日下部くんが

私を好きなんて…

「好きになって貰えるような

人間じゃないから、私は。

それに、私の事何も知らないでしょ?」

ううん、と首を振り

笑顔の日下部くん。

「知ってる…

花の水遣りの時笑顔になるところ

困ってる人がいたら助けるところ

ここで猫を世話してたところ

亡くなった後…

悲しそうにしてたところ。

いつも悲しい目をしてるところ…

全部知ってる」

違う…

それは本当の私じゃない。

本当の私は人を不幸にする疫病神。

日下部くんの言う私は

私の中のほんの一部であって

そうじゃない…

「それは私じゃない…

本当の私は…

そんな人間じゃないから!

私は人を不幸にするの…

私は疫病神…

だから、関わらないでよ!」

私は溢れる涙を止められないまま

叫んだ。

私は人を不幸にする疫病神だから

大切なものを作らないし

作れない…

そんな資格、とうの昔に

失くしたし持つことは許されない。

私は溢れる涙をそのままに走った。

咄嗟に走り出そうとした

私の腕を掴んで

抱き寄せる日下部くんから

私は力いっぱい逃げようともがいて

離してと叫ぶけど

私より大きな日下部くんには

敵わなくて…

それでも私はもがき続けた。

「お願いっ!離して!!」

「離さない!!絶対に!!」

どうして、ほっといてくれないの?

みんなが居なくなって

やっと1人で立っていられるように

なったのに…

優しくなんてしないで!

好きだなんて言わないで!

「私と関わる人はみんな…

絶対居なくなるんだから!!」

「俺は居なくならないから…

絶対に花宮を1人になんかしない」

そんなのあり得ない…

みんなそう言って私を

1人ぼっちにしたじゃない!

「もう、誰も!

失いたくない…」

張り詰めていた数年分の想いが

口をついた瞬間…

私は意識を手放した。























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