キミが笑ってくれるなら、それだけで…
気付けば、もうそこまで
春は近付いていた。
高校デビューまで10日と
迫った、そんなある日…
それは何の前触れもなく
やって来た。
いつものように、水遣りをする
私と律さんは他愛ない話に
花を咲かせていた。
16歳を迎えた私も、家事は
何でもこなせるようになって
今では律さんよりも手際が
良くなっていた。
そんな私を律さんは、
「これならいつでもお嫁に
行けるわね!」と
褒めてくれた。
照れるけど、正直嬉しかった。
そして、いつものように
朝ご飯の支度をしていた時、
律さんが倒れてしまった。
すぐに駆け寄り、律さんを
呼んだけど動かなくて
私の心臓はドクドクと早鐘を
打って痛いくらいだった。
119番をして、救急車が来るまで
私は律さんの名を呼び続けた。
「律さん!
私はここにいるよ!
大丈夫だからね!」
私の必死の呼び掛けにも
律さんは答える事のないままで
私はパパとママの冷たくなった
手を思い出していた。
でも、律さんの手は温かいまま。
だから、きっと大丈夫と
自分を鼓舞していた。
それに…
辛くても笑っていれば、
それが本当の笑顔に変わる時が
来るって律さんが教えてくれたから。
処置室がバタバタしていても
私は泣かずにじっと待った。
もし、処置が無事に終わって
律さんが出てきた時に
私が泣いていたら、きっと
『笑って』って言うと思うから。
それに、初めて律さんと
出会った時に約束したもん。
『ずっと傍にいるからね』って。
だから、絶対に大丈夫!
律さんは私を1人になんかしない。
そう思っていたのに…
お医者さんから紡がれた言葉は
私の心をえぐった。
「残念ですが…白石さんは
お亡くなりになりました。
手は尽くしましたが…
急性心不全でした」
私の中の何かが崩れてしまう
ような感覚。
私は、何も言えずに
その場にしゃがみ込んで
ただ呆然としていた。
私を支えてくれる看護婦さんの
声も、お医者さんの声も
処置室で鳴り続けているであろう
心電図の音も…
何も聞こえなかった。
それからの私はご近所の人に
励まされながら、律さんが
私のパパとママの時にしてくれた
ように、お通夜や告別式の手配を
テキパキとこなした。
そして、参列してくれたご近所の
人達に挨拶をして回った。
全てが終わり、骨になってしまった
律さんを自宅の仏壇に置いて
初めて泣いた。
今度こそ、私、1人ぼっちに
なっちゃった…
律さん…ずっと傍にいるって
約束したじゃない!
私を1人にしないで…
神様は残酷だ。
みんなは優しくて温かくて
誰よりもいい人達ばかりなのに、
どうしてみんなじゃなくて
私を選ばなかったの?
私はみんなが笑って幸せなら
それで、私は良かったのに…
律さんが亡くなった翌日の昼、
高野誠治と名乗る男の人が
尋ねて来た。
その人は仏壇に手を合わせた後、
1枚の名刺と私宛ての封筒を
差し出してきた。
「僕は白石律さんの友人で、
弁護士をしています。
これは、生前、白石から
自分に何かあった時に日和さんに
渡すよう頼まれていたものです」
「弁護士さん…
でも、何で私にこんなもの
残したんでしょう…」
ふーと一息ついた高野さんは
封筒を開けて、その中にある物を
私に見せた。
そこには、遺言書と書かれた
封筒やこの家の権利書などが
入っていて、名義が全て私の
名前に変更されていた。
「白石は元々、心臓が悪く
日和さんを引き取ってから、
発作が頻繁に出ていて
無理をする事をやめるように
医者から忠告を受けていました」
「え…?」
律さんが心臓を悪くしてるなんて
今初めて聞いた。
いつだって元気で
笑顔で溢れてた…
そんな律さんが心臓病?
もしかして、私の為に…
無理させてた?
溢れそうになる涙を唇を噛んで
堪える私に、高野さんは
言葉を続けた。
「日和ちゃんは身寄りがいない。
私が居なくなったら、
居場所を失ってしまう。
だから、考えたくはないけど
いつかの時の為に、自分の
全財産とこの家を残してあげたいと
言っていました。
それに…無理をしてでも
日和ちゃんの傍から離れたくない。
だから、入院はしないと」
「そんな…っ!!」
もう溢れる涙を堪える事が
出来なかった。
律さんは私の為に…
小さい頃にした約束を守る為に
死んじゃったの?
治療を受けていれば助かった命を
私と過ごす為だけに…
私のせいだ。
私が律さんを殺したんだ。
律さんが残してくれた物を
譲り受ける手続きを終えて
高野さんは帰って行った。
仏壇の前に座って、
気が付いた時には
日は沈み、夜の世界へと代わり
時刻は21時を指していた。
高野さんが帰って6時間も
経ってたんだ…
いつもだったら、この時間は
律さんと一緒に好きな俳優さんが
出演するドラマを見ている時間。
そのあと、寝るまでの間
お茶を飲みながら楽しく
おしゃべりしてるのに…
もう、律さんは居ない。
笑って、泣いて、喜んで、
たまに怒ってくれる律さんは
もうどこにも、居ないんだ。
律さんの香りはするのに…
呼べばひょっこり、「呼んだ?」と
出て来そうなのに…
「律さんっ!律さんっ!!
…っう…うう…」
私は一晩中、泣き続けた。
重たい目を開けると、目の前には
仏壇。
泣きはらした私を見つめる
笑顔の3人…
パパとママと律さん。
律さんが言っていた言葉を
思い出していた。
『これから何があっても
自分のせいだなんて思わない事!
笑って生きてね』
律さん…
そう言ってくれて嬉しかった。
救われた気がした。
でもね…
もう私には無理だよ。
笑うことなんて出来ない…
あの、おばさんが言っていた通り
私は疫病神。
私という存在が誰かを苦しめて
傷付けて…
死なせてしまったの。
大好きで大切だった人達を。
だから、もう誰も
好きになったりしない…
大切な人もつくらない…
みんなの分も生きるけど、
わたしはこの罪を背負ってだけ
生きていく。
それが私の贖罪。
そして、笑顔を封印した私の
高校生活が始まった。
春は近付いていた。
高校デビューまで10日と
迫った、そんなある日…
それは何の前触れもなく
やって来た。
いつものように、水遣りをする
私と律さんは他愛ない話に
花を咲かせていた。
16歳を迎えた私も、家事は
何でもこなせるようになって
今では律さんよりも手際が
良くなっていた。
そんな私を律さんは、
「これならいつでもお嫁に
行けるわね!」と
褒めてくれた。
照れるけど、正直嬉しかった。
そして、いつものように
朝ご飯の支度をしていた時、
律さんが倒れてしまった。
すぐに駆け寄り、律さんを
呼んだけど動かなくて
私の心臓はドクドクと早鐘を
打って痛いくらいだった。
119番をして、救急車が来るまで
私は律さんの名を呼び続けた。
「律さん!
私はここにいるよ!
大丈夫だからね!」
私の必死の呼び掛けにも
律さんは答える事のないままで
私はパパとママの冷たくなった
手を思い出していた。
でも、律さんの手は温かいまま。
だから、きっと大丈夫と
自分を鼓舞していた。
それに…
辛くても笑っていれば、
それが本当の笑顔に変わる時が
来るって律さんが教えてくれたから。
処置室がバタバタしていても
私は泣かずにじっと待った。
もし、処置が無事に終わって
律さんが出てきた時に
私が泣いていたら、きっと
『笑って』って言うと思うから。
それに、初めて律さんと
出会った時に約束したもん。
『ずっと傍にいるからね』って。
だから、絶対に大丈夫!
律さんは私を1人になんかしない。
そう思っていたのに…
お医者さんから紡がれた言葉は
私の心をえぐった。
「残念ですが…白石さんは
お亡くなりになりました。
手は尽くしましたが…
急性心不全でした」
私の中の何かが崩れてしまう
ような感覚。
私は、何も言えずに
その場にしゃがみ込んで
ただ呆然としていた。
私を支えてくれる看護婦さんの
声も、お医者さんの声も
処置室で鳴り続けているであろう
心電図の音も…
何も聞こえなかった。
それからの私はご近所の人に
励まされながら、律さんが
私のパパとママの時にしてくれた
ように、お通夜や告別式の手配を
テキパキとこなした。
そして、参列してくれたご近所の
人達に挨拶をして回った。
全てが終わり、骨になってしまった
律さんを自宅の仏壇に置いて
初めて泣いた。
今度こそ、私、1人ぼっちに
なっちゃった…
律さん…ずっと傍にいるって
約束したじゃない!
私を1人にしないで…
神様は残酷だ。
みんなは優しくて温かくて
誰よりもいい人達ばかりなのに、
どうしてみんなじゃなくて
私を選ばなかったの?
私はみんなが笑って幸せなら
それで、私は良かったのに…
律さんが亡くなった翌日の昼、
高野誠治と名乗る男の人が
尋ねて来た。
その人は仏壇に手を合わせた後、
1枚の名刺と私宛ての封筒を
差し出してきた。
「僕は白石律さんの友人で、
弁護士をしています。
これは、生前、白石から
自分に何かあった時に日和さんに
渡すよう頼まれていたものです」
「弁護士さん…
でも、何で私にこんなもの
残したんでしょう…」
ふーと一息ついた高野さんは
封筒を開けて、その中にある物を
私に見せた。
そこには、遺言書と書かれた
封筒やこの家の権利書などが
入っていて、名義が全て私の
名前に変更されていた。
「白石は元々、心臓が悪く
日和さんを引き取ってから、
発作が頻繁に出ていて
無理をする事をやめるように
医者から忠告を受けていました」
「え…?」
律さんが心臓を悪くしてるなんて
今初めて聞いた。
いつだって元気で
笑顔で溢れてた…
そんな律さんが心臓病?
もしかして、私の為に…
無理させてた?
溢れそうになる涙を唇を噛んで
堪える私に、高野さんは
言葉を続けた。
「日和ちゃんは身寄りがいない。
私が居なくなったら、
居場所を失ってしまう。
だから、考えたくはないけど
いつかの時の為に、自分の
全財産とこの家を残してあげたいと
言っていました。
それに…無理をしてでも
日和ちゃんの傍から離れたくない。
だから、入院はしないと」
「そんな…っ!!」
もう溢れる涙を堪える事が
出来なかった。
律さんは私の為に…
小さい頃にした約束を守る為に
死んじゃったの?
治療を受けていれば助かった命を
私と過ごす為だけに…
私のせいだ。
私が律さんを殺したんだ。
律さんが残してくれた物を
譲り受ける手続きを終えて
高野さんは帰って行った。
仏壇の前に座って、
気が付いた時には
日は沈み、夜の世界へと代わり
時刻は21時を指していた。
高野さんが帰って6時間も
経ってたんだ…
いつもだったら、この時間は
律さんと一緒に好きな俳優さんが
出演するドラマを見ている時間。
そのあと、寝るまでの間
お茶を飲みながら楽しく
おしゃべりしてるのに…
もう、律さんは居ない。
笑って、泣いて、喜んで、
たまに怒ってくれる律さんは
もうどこにも、居ないんだ。
律さんの香りはするのに…
呼べばひょっこり、「呼んだ?」と
出て来そうなのに…
「律さんっ!律さんっ!!
…っう…うう…」
私は一晩中、泣き続けた。
重たい目を開けると、目の前には
仏壇。
泣きはらした私を見つめる
笑顔の3人…
パパとママと律さん。
律さんが言っていた言葉を
思い出していた。
『これから何があっても
自分のせいだなんて思わない事!
笑って生きてね』
律さん…
そう言ってくれて嬉しかった。
救われた気がした。
でもね…
もう私には無理だよ。
笑うことなんて出来ない…
あの、おばさんが言っていた通り
私は疫病神。
私という存在が誰かを苦しめて
傷付けて…
死なせてしまったの。
大好きで大切だった人達を。
だから、もう誰も
好きになったりしない…
大切な人もつくらない…
みんなの分も生きるけど、
わたしはこの罪を背負ってだけ
生きていく。
それが私の贖罪。
そして、笑顔を封印した私の
高校生活が始まった。