私の遠回り~会えなかった時間~
彬さんと対等な関係になりたくて、そんな事がつい口に出た。

「知紗、俺は最初からそう呼べと言ったはずだ。」

そんな優しい言葉に、それまで俯いて自分の組んだ手ばかり見ていた私は顔を上げた。

彬さんの左手が私の手を上から包んだ。

「これまで付き合った女が居なかったなんて白々しい事は言わない。でもずっと俺の中には知紗が居て…、叔母さんに時々話を聞いたり、写真を見せてもらったりしていた。」

「でも加代さんは私の為に彬さんは美容師になったって…。」

「さすがの俺でもそこまでは叔母さんに言った覚えはないんだ。でも俺の気持ちを分かっていたんだろうな。この町で美容院を開く事になった時に、初めてきちんと知紗への思いを叔母さんに話したんだ。」

ちょっと肩をすくめた彬さんは正面を向いたまま、運転をしている。

「知紗、もう返事は遅いぞ。美容院に着く。」

私の目に入って来たのはもうすっかり見慣れた景色。

「でもすぐ家には帰れますよ?」

そう、ここからなら歩いて帰れる。
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