私の遠回り~会えなかった時間~
私は再度作業を始めようとした鏡の中の彬に話しかける。

「久保と木本さんから依頼があったんだ。スタイリストとして知紗の最期の仕事を手伝って下さいって。その依頼を素直に受けただけ。」

ちょっとおどけた様子の彬の表情は柔らかい。

私の肩が震える。

「おい、泣くなよ。俺が今から知紗をきれいにするんだから。」

左手で鋏を持った彬の姿を見るだけで、自然と涙があふれてしまう。

彬は鋏を置くと、フッと笑った。

「やっぱりこっちが先だ。」

後ろから彬に抱きしめられた。

彬の言う通り、あの時は髪を切った後だった。

「知紗、俺は別に仕事を辞めなくても良いと思っている。ちゃんとあの美容院に戻ってきてくれたらそれでいいのだから。」

彬の匂いがする。

「ううん、私はあの美容院で…、あの加代さんが残してくれた美容院で彬のお手伝いが出来たら良いの。」

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