ねぇ先輩、名前をよんで。
それでも……。
これは自分が選んだことだと言い聞かせる。
「ゆうちゃん」
「なんですか?」
「ごめんね」
何が、とは聞けなかった。
知らないことを知るのが怖くて、
私は先輩の背中に手をまわして包み込む。
いい。
知らないフリして私は彼の側にいる。
冷たくなった先輩が温かくなるように。
私は必死で自分の熱を先輩に移した。
「ありがとう」
少し経つと、先輩はその手を放してつぶやいた。
「ゆうちゃんといる時は少し、前を向けるんだ」
「え……?」
「ゆうちゃんと屋上で話している時間。
勉強しようと言われてするようになった時間。
少し前を見ている気がする」
「先輩……」
嬉しかった。
先輩がこうして前を見てくれたことが。
優しく笑う先輩を見て、愛しさがこみ上げる。