君の日々に、そっと触れたい。
私たちは終始無言で黙々と登り続けた。李紅の言う通り、山道は思ったよりもしっかり整備されていて、手摺もある。だから李紅も立ち止まらずに歩き続けられている。
1時間くらい経った頃、李紅が不意に立ち止まった。
「桜、あれだよ」
そう言って指さす方向に見えたのは、洋館。まさに豪邸って感じの大きな建物。
「な、なんかすごいね……」
「電気もガスも通ってるし、大抵のものは揃ってるよ。ただちょっと掃除しなきゃだけど」
「大使館かと思ったよ………」
興奮する私にちょっと嬉しそうな顔をしながら、李紅は植木鉢に隠してあった鍵で別荘の玄関を開けた。
中もやっぱり広々としている。
ただ暫く使っていないだけあって埃が溜まってて、李紅が酷く咳き込んでしまい、私たちは最優先で掃除を始めた。
広い家を全部掃除するのはとてもじゃないけど無理だから、お風呂や寝室、リビングやキッチンなど、最低限必要な部屋だけを掃除した。
ただ問題は、寝室もベッドもひとつしかないということだ。
「俺リビングのソファーで寝るよ、毛布くらいはあるだろうし。桜ここ使いな」
「え、ちょっと病人!どう考えても李紅のほうがベッド使うんだから、李紅がベッドでしょ」
「え、じゃあ桜がソファー?体痛めるよ」
「寝室の床に毛布敷くよ」
夜中に李紅の身体になにかあったら困る。まあ私が居ても役に立てるとも思わないけど、離れてると不安だ。
「やめときなよ。俺夜中の咳、超うるさいから。寝れないよ」
「そんなの慣れるよ」
「だいたい女の子を床で寝かせるなんて」
「じゃあ2人でベッドで寝る!!」
勢いでそう叫ぶと、李紅の表情が固まった。
………………あっ………。
自分の発言の大胆さに、時間差で顔が赤くなるのを感じた。
「えっ……………と……まぁ広さ的には、大丈夫だけど……」
「あ、えと李紅が嫌ならいいよ全然!」
「嫌ではないよ!断じて!」
そう少し大きめの声で宣言した李紅も、顔が赤くなる。
「あ………じゃ、じゃあそうしますか……?」
「……あ、ではよろしくお願いします………?」
ぎこちない挨拶(?)に、私たちは顔を見あわて笑った。こんな時だというのに、声をあげて笑った。
───ああ、大丈夫だ。
私たちはお互いがいれば、笑えるんだ。