君の日々に、そっと触れたい。
李紅を別荘にひとりにするのは不安だったけど、このままでは明日着るものもないからと私は一人で買い出しに麓へ降りた。
昼前になってやっと頭痛がましになってきたらしい李紅は、掃除の続きをしながら私の帰りを待っていてくれた。
「おかえり、桜」
なんとか道に迷わずに家に戻ると、李紅はリビングで食器を拭いていた。よく見ると、家中の色々なところが昨日よりピカピカに磨かれていた。
「まさか李紅ずっと掃除してたの?」
「うん、他にすることもないし」
「楽にしててくれてよかったのに……」
「そうもいかないよ。二人で住むんだもん。ほら桜、ただいまは?」
「へ?」
思わず素っ頓狂な声を出した私に、李紅はきょとんとした顔をしていた。
…………そうか、ずっと施設や一人暮らしだったりしたから忘れかけていた、その当たり前の言葉を。
「………ただいま」
酷く久しぶりに発した言葉がなんだかこそばゆくて、おずおずと絞り出した声に、李紅は満足そうに笑った。
「新婚さんみたいだよな」
「え?」
「まぁ俺たち付き合ってすらいないけど」
「…………」
まぁそうだけど。そんな言い方しなくても。
だいたい李紅だって私の事好きなくせに。自分は伝える気ないからって、私ばっかり好きみたいになってずるい。
軽く頬をふくらませた私を見て、李紅はなにかを察したのだろう。にやりと不敵に笑って、ずい、と顔を近づけて来た。
「じゃあ来世は恋人どうしになろっか」
「………李紅、来世とか前世とか信じるの?」
「基本的に非科学的なことは信じないタチだけど、自分に都合のいいことは信じるよ」
なにそれ都合よすぎでしょ、と笑えば、李紅はそうだろ、と微笑んだ。
「俺は来世だって信じるよ。桜がそこに居るなら」
真っ直ぐに私を見つめた蒼い瞳は、確かに私を映しているのに、何故かどこか遠くを見つめるように細められていた。
何が見えるんだろう、その目には。
どうか教えて欲しい。でないと、なんだか不安だ。
「桜は?来世とか信じる?」
「…………私は」
考えたこともなかった。
死んでしまいたい、と何度も思った。だから別にこんな苦しい世界に、また生まれ変わりたいと思もったことはなかった。
でもたぶん、
「私も信じるよ。そこで李紅が私を待っててくれるなら」
きっとどこへだって行ける。李紅が隣にいれば。