君の日々に、そっと触れたい。

がたん、と派手な音を立てて、桜が手に持っていた包丁を置いた。そして吸い込まれるように俺のいるソファーへと駆け寄り、俺を抱きしめた。

加減する気がない、苦しい。


「……………ごめん!!」


先程までの苛立ちを露にした態度とは打って変わって震えた声に、かえってこちらが動揺した。


「ごめん…………もう言わない。だからそんなこと言わないで……!泣かないで!」


泣いてない。
むしろ胸が、からからに乾いているような気分だ。

てゆうか、泣いてるのはそっちじゃないか。


「……………いいよ、桜。俺は本当に死ぬけど、桜はあの頃とは違ってそれを望まないでくれてる。それだけで、充分」


そう、充分だ。

ここへ来てから桜は、極端に俺が両親の話をするのを嫌った。受け止めたくないんだ、と解釈した。

だって桜は、俺を憎んでいたことを認めたくないんだ。

だけど押し込めていたって苦しいだけだからと、俺はわざとこの話題を振って無理やりにその感情の蓋を開けた。

案の定溢れ出した憎悪の感情に、俺はやっぱり傷ついてはしまったけれど。


「……桜が死ねと言ったせいで俺が死ぬなら、本望だ」


なんなら、この場で桜が首を絞めてくれたらいいのに。

半分冗談、半分は本気でそう言うと、桜は息を呑んで抱き寄せていた肩を離れた。


「…………………何言って…」

「……………桜、俺…」


そのくらい、桜が好きなんだ。

そう言いかけて、ぐっと飲み込んだ。

ばか、言わないって決めたろ。



無理矢理にその言葉を飲み込むと、何が良くなかったのかは分からないが、くらりと視界が回った。

「李紅!」

そのままソファーから転げ落ちそうになった俺を、桜は間一髪で引き戻した。その細腕にすっぽり収まっているのがなんとなく癪で、わざと全体重をかけて桜の腕を引き返し、バランスを崩し桜もろとも、床に転げ落ちた。

俺が桜を押し倒すような姿勢になってしまい、戸惑った視線が合う。


「……………大丈夫…?李紅」


揺れる声。
真っ黒な瞳が俺だけを見詰めている。

ああ、どうかそのまま、俺だけを見ていて。

…………俺の事を忘れないで。


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