君の日々に、そっと触れたい。
【桜 side】



ピピッと、その場にそぐわない軽快な音が鳴る。
腕を上げるのも億劫らしい李紅の代わりに、汗ばんだシャツの中へ手を差し入れて、体温計を引き抜いた。
それが示した数字に、思わず顔を顰める。


熱が、下がらない。


李紅とここで暮らすようになって、二週間が経った。

李紅は最初こそ寝込んだものの、市販薬が思いの外効いたようで、三日目あたりからはだいぶ体調も落ち着いてきた。

朝はやっぱり頭痛が酷いようだったけれど、昼までには起き上がってテレビを見たりしていたし、病院に居た頃と比べたら、調子はかなりいい方だったと思う。


だから、油断していたのだろうか。


一昨日の夜中、眠っていたはずの李紅が急に激しく咳き込みだし、私も慌てて飛び起きて背中を摩ったが、一向に収まる気配はなく、しまいには嘔吐してしまった。

その中に血が混じっていたことに私は青ざめたが、咳のしすぎで気管が切れただけだと、私なんかよりよっぽど青い顔をした李紅が困ったように笑っていた。


その時から熱が下がらない。

原因不明の高熱が、ここ3日ほど続いている。


「………うわぁ」

体温計の数値に感嘆を漏らした私に、李紅は怠そうに目を向けて何度?と尋ねてきた。

「9度8分……」

「うっわ、聞かなきゃよかった」

熱が出始めた一昨日からずっとこんな高熱が続いているが、李紅は身体的にも精神的にもに思ったほど弱り切ってはいない。
冷たい果物やくたくたのうどんなら食べれるようだし、調子が良ければ横になったまま映画を見て笑っている。

だからだろう、かなりの高熱だと言うのに、二人して危機感というものをあまり感じていなかった。

「まさかのインフルだったりして」

「ちょっとやめて、ありそうだからやめて」

「だとしたら桜にも伝染ってるな。散々ちゅーしたし」

えっちもしたし、とニヤリと笑う李紅。李紅に抱かれたあの夜が脳裏に蘇って、ぼんっと音が聞こえそうなくらい一気に頬が熱くなる。

あの夜の李紅は、なんだかすごく男の子、って感じで、意外と強引なキスも、溶けるような視線も、思い出すと色っぽすぎて心臓が爆発しそうになる。

「てゆうかあんな無茶するから熱出したんじゃない」

「そうかな、ちょっと興奮しすぎたかな」

「いやそうゆうんじゃなくてさ………もういい」

あの晩以来、李紅は異様にテンションが高い。どこか吹っ切れたような感じだ。

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