君の日々に、そっと触れたい。
「桜、もっとこっち」
昼過ぎ。あんまり静かだからてっきり寝ていると思っていた李紅が、不意にそう呟いた。
私は料理を作る手を止めて、李紅が横たえているソファーに歩み寄る。
熱が出て寝込むようになってから、李紅は昼間はソファーをベッド代わりにしてリビングで寝るようになった。なるべく傍についていたいから。
「ん?どうかした?」
「手」
短くそう伝えられ、正解が分からないままその頬に手を当てる。
水仕事をしていたから、手がひんやりとしていて気持ちいいのだろう。李紅は私の手を掴んで、目を細めて擦り寄る。
ああこれは、離してくれそうにない。
「李紅………おかゆつくらなきゃ」
「んー………いらない。だからもうちょっと」
「だーめ。ちゃんと食べて」
えー、と膨らませた頬をつつくと、李紅は細い指で私の袖をくいと引く。意地でも離すつもりはないのだろう。
私は屈んで床に膝をつくと、そっと李紅に口付ける。
「ちゅーで黙らせようったってそうはいかない」
「もう、なんで今日はそんな甘えたなの?」
「………………だって」
目を伏せる。きゅっと掴まれた手に力がこもるのを感じた。
「………名残惜しいんだ」
「え?」
「なんでもない。…ねぇ、」
もう少しだけ、と呟いて私の手をしっかり繋いだまま瞼を落とした。
この時、私には李紅の言いたいことが分からなかった。
そうだ、この時もっと、起こしてでも問い詰めればよかったのかもしれない。
だって李紅は、李紅はもう気付いていた。
この生活に、終わりが来ることを。