君の日々に、そっと触れたい。
【李紅side】


本当 言うと、なにか思い出せそうな気がするんだ。


最近、寝ていることが多くなった。それに比例して、夢を見ることも増えた。

住んだことの無い家。小さな部屋。今より少し髪の長い母さんと、今より少し痩せた父さん。

そして、誰かが泣いている。


だれかが、ないている。
ああ、今すぐに走っていって、この手を伸ばして、慰めないと。


それなのに足が動かない。立ち上がることも出来ない。

そして告げられるんだ、鋭く。




『弟なんかいらない、死んじゃえばいいんだ!』















「…………く、李紅…!!」


名前を呼ばれた。夢のあの声と、どこか似ている。

勢いよく意識が浮上すれば、焦ったような顔の桜が居た。


「李紅、大丈夫?苦しい?」

「………………え……?」

「うなされてたよ。呼吸、苦しいでしょ」


答えようとして、ヒュウと喉が鳴る。苦しい、思い出したように咳が止まらない。


「落ち着いて、大丈夫」

軽く呼吸困難になりかけた俺の胸を、桜はとんとんとリズムよく撫でる。そのリズムに合わせてゆっくと深呼吸を繰り返すと、幾分か楽になった。その手つきはもうすっかり慣れたものだ。


「さ、くら。今何時……?」

「9時」

「よるの」

「……………ううん、朝の」

「……………ん、そっか」


朦朧とする。ただひたすらに熱くて、頭の中が煮えそうだ。今日はなん日?寝込んでから何日が経ったんだろう。病院を出てから、何日。


「………李紅、熱がすごく高いの。病院は……」

「いかない。いけない。分かってるだろ……」

「…………じゃあせめて解熱剤飲もう。私麓で買ってくるから」


桜の緊迫した表情と、首元に触れる桜の手の冷たさが、熱の高さを物語る。

少し前までは熱があっても、呑気にテレビを見たりそれなりに食事も食べられたのに、今は指先を動かすのも億劫だ。力が上手く入らない。

一体何が起きてるのか、考えたくない。


「それじゃあ私、急いで買ってくるから、ちゃんと寝てて、それから何かあったらすぐ電話して、ほら」

そう言って桜は枕元に放置されていた俺のスマホを勝手に操作して、画面を1回タップすれば桜に繋がる状態にして、俺の手にスマホを握らせた。

「ちょっとでもおかしいと思ったら押して、喋らなくてもいいから。自分でどうにかしようとしないで。すぐ帰る。場合によっては……」


桜は口ごもって、やっぱりなんでもない、電話して。とだけ言った。誤魔化したつもりかもしれないけれど、俺にはその言葉の続きが分かってしまった。


「うん……大丈夫、わかった…」


そう口角を上げて見せたけれど、桜の不安そうな表情は取り除けなかった。俺が笑えば、桜はいつも笑うのに。

結局桜は冴えない顔で、後ろ髪を引かれるように出かけていった。


ひとりにしないで、と。

そんな情けない言葉が言えたらどれだけ楽だっただろう。


きっと、1時間もすれば桜は帰ってくる。それなのに、どうしてこんな気持ちになるんだろう。まるで、もうおかえりと言えないことを、知っているかのように。

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