君の日々に、そっと触れたい。



「…………桜?」


李紅がぽかんとした顔をして、急に食事をする手を止めた。


「李紅、どうしたの?」

「どうしたのって………桜こそどうした?」


李紅は酷く心配そうな顔をしていた。李紅だけじゃない、李紅のお父さんとお母さんも、私の顔を覗き込んでは同じ顔をする。


「え、なに………」

「なにって………桜?
どうして泣いてるの………?」




「え…………………?」



何言ってるの李紅、

そう言いかけた頬に、生暖かい雫が伝う。

思わず自分の両目に手を触れた。


「え…………なんで、私………?」


カチャリ、と音を立てて李紅がスプーンをテーブルに置き、前屈みになって心配そうに私を見詰めた。

「桜、どうしたの?どこか痛い?」

「ど、どこも………え、なんで……」


自分でも訳が分からなかった。

訳が分からないのに、止まらない。

それどころか、勢いを増してく。


───なんで、苦しい。

止めようと思うのに、止まらない。

なんで泣いてるのかも分からなくて、やめられない。


容赦なくしゃくりあげる呼吸が苦しくなってきた時、

……不意に、暖かい感触に抱きしめられる。



「桜ちゃん…………」



妙な懐かしさまで感じるその優しい声で、柔らかい感触の正体が李紅のお母さんなのだと知った。





「何か辛い思いをしたのね…………。でも、もう大丈夫よ…………」




まるで小さな子供を宥めるような口調で、私の背中をさすってくれる。

子供扱いなんてやめてくれと振り払いたいのに、その言葉に余計に涙が止まらなくなる。



────ああ、そっか。



私、楽しかったんだ。

それに羨ましかったんだ。


こんな風に誰かと笑いながら食事をしたりするのが、酷く久しぶりで。



「私……………」


気づいたら口を開いていた。





「…私…家族が………居ないんです………。孤児院で育ちました………パパとママには……6歳の時に……多分、捨てられて………それで、学校でも上手く行かなくて……友達にもあたったりして………」



言葉にすると、また涙が溢れ出した。



「だから………」


だからこんな温かさにはどうもなれなくて。

こんな世界を知らずに生きてきたから、息の仕方が分からない。

人の温もりに、涙が止まらない。




「そう……辛い思いをしたのね……」




李紅のお母さんの、優しい声が痛い。抱き包まれた温もりが苦しい。

それなのに、離さないで、と強く思う。



「…また、いつでも遊びにおいで、桜ちゃん。私たちを本当のお父さんやお母さんだと思ってくれて構わないさ」


そう声を掛けてくれたのは李紅のお父さん。

李紅もお父さんの言葉に、何故だか泣きそうな顔をして、深く頷いてくれた 。



「またおいでよ桜。俺も桜が居てくれたら嬉しい。…まぁさすがに、桜の弟にはなれないけど?」

そう照れくさそうにおどけて言った李紅に、思わずクスリと笑みがこぼれた。





───ああ…私は、ここにいてもいいんだ。



初めて誰かに、生きていることを許された気がした。

痛いほどの温もりに支えられて、私は酷く久しぶりに声を上げて泣いた。

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