君の日々に、そっと触れたい。
「……………本当はね。いつ寝たきりになるか分かんないし、もうすぐ死ぬのに手術なんてしなくてもいいかな…って思ってたんだけどさ」
「李紅………」
「でもね、桜が居るからすることにしたよ。俺もっと桜と色んなとこ行きたいからさ」
そう言って李紅は、満足そうに笑った。
「うん…………!いっぱい色んなとこ行こう!」
だから私も、心底嬉しくて笑った。
こんな簡単なことで、李紅はいちいち私に笑顔をくれる。
手放そうとした世界に、色をつけてくれる。
その度に私は、また一つ李紅を好きになるんだ。
「ね、李紅。それって私もお見舞いに行っていいの?」
「もちろん!むしろ2週間も会えないなんて俺無理だよ」
「へへ、私も」
そっと手を差し出せば、何も言わずに握り返してくれる。
私たちは恋人じゃない。
それでも私は李紅が好きで、李紅も私が好きで、縛り付けないようにそっと愛し合っている。
人が聞いたら、もどかしいと眉をひそめるだろうか。
それでもいい。
この曖昧な温度が、私たちには丁度いいのだから。
「あ、ねぇ桜!」
不意に、李紅が声を上げる。
細い指が示す先の木には、大きなカブトムシがとまっていた。
「「見つけた!」」
同時にそう叫ぶと、二人してあわあわと慌てながら何か捕まえられそうなものを探す。
すかさず李紅が自分の被っていたキャップを虫取り網代わりにしてカブトムシを閉じ込めようと試みた。
「えいっ!」
しかし、カブトムシのとまっていた位置が思ったよりも高く、身長の低い李紅では届かずにカブトムシを逃がしてしまった。
「ああ~………」
「逃げちゃったね……」
「俺、身長伸びたはずなんだけどな」
李紅は唇を尖らせながら、証拠だとでも言うように、左右非対称の長さの両脚を叩いた。
それがなんだか可愛らしくて、私はまた思わず笑ってしまう。
こんな穏やかな日々が、いつまで続くだろう。
きっと、もうそんなにたくさん過ごせないけれど。
大切にしていきたいと、心から思うんだ。