君の日々に、そっと触れたい。
窓に浮かぶ夕日を見るでもなく、ただソファーに座って俯いていた彼は、私に気づいてふと顔を上げた。
「ゆうちゃん」
そう言ってやっぱり、嘘くさく笑う。
「珍しいね。ゆうちゃんからきてくれるの」
「なんか……ひとりやったから…」
「え?はは、気 遣かってくれたの?」
そうして李紅は、また俯いた。
───なんか、様子が変や。
なんとなくそう感じた。
「俺さ、明日からクリーンルーム入るんだ」
唐突にそう呟く。
「クリーンルーム?」
「無菌室。移植手術がね、やっと出来るんだ。だけどここを離れるのは…ちょっと嫌だな」
そう言って彼は、ナースステーションから1番近い個室の扉を見詰めた。
確かあそこには、彼くらいの歳の男の子が入院してると聞いた。まだ、一度も顔を見たことは無いけれど…。
「あの子」
不意に、彼がそうぽつりと呟いて、その個室の隣の、扉が開いたままの病室の、一番奥に眠る、機械にたくさん繋がれた女の子を指さした。
「もうすぐ、あの個室に移動になるね」
断言した彼に、首を傾げる。
「分かるん?てか、あそこにはもう男の子が入院しとるやん」
「でも、すぐあの個室は空きになるから」
「空きに?なんでや?」
「えー……わかんない?」
そう乾いた笑みを見せた彼に、ようやくウチは悟った。同時に、腹の底からわなわなと怒りがこみあげてきた。
「まさか、その男の子がもうすぐ亡くなるって言いたいん?!」
思わず怒鳴った。
だってそんな、勝手に……!
「人の命の刻限を、勝手に決めつけるなんて!李紅くんに未来のことは分からんやろ!?」
「………分かるよ」
「はぁっ?」
「だって、皆。同じパターンの繰り返しだもの」
声を荒らげる私に、彼は驚きもせず、怯むでもなく、胡散臭い笑顔を崩さずにそう言った。
「小さい頃から、ずっとここに居た。同じような病気の人が、同じように治ったり亡くなったりした。それを、ずっと見てたから分かるんだ。その人の、だいたいの行く末が」
「そんな………こと…」
そんなことある訳ない、とは言えんかった。
だってウチには想像もつかない。この窮屈で落ち着かない病院という空間で、何年も過ごす日々なんて。
他の患者さんのだいたいの行く末が分かってしまうのも、別に身につけたくて身につけた特技じゃないのかもしれない。