君の日々に、そっと触れたい。
その後先生から簡単な診察を受けた李紅は酸素マスクを外してもらい、先生が退室すると同時に夕実ちゃんが入ってきた。
眠っているのか起きているのか分からない。
なんだか疲れた様子で李紅は瞼を閉じるけれど、時折うっすらと持ち上げては私達の存在を確認した。
「……ねぇ、母さん」
不意に李紅がか細い声を上げ、お母さんは前かがみになって「どうしたの?」と訪ねた。
すると李紅は突然に、顔を片腕で覆ってしまった。
「李紅?!どうしたの、どこか痛む!?」
「…違うよ。………ねぇ……母さん、ごめん」
「……え?……」
急に謝り出した李紅に、お母さんは戸惑った表情を浮かべる。
「ごめん、母さん。俺もう家には帰れないよね?」
「…!……李紅、そんなこと……!」
「いや、ちゃんと分かってるよ。この件が落ち着いたら、俺は緩和医療科に移るんだよね?」
「……っ…」
李紅は表情を隠すように、片腕で目元を覆ったままだ。
「こうゆう日が来るのは分かってたけど…俺もう少し、先だと思ってたんだ」
「……李紅」
「俺ずっと母さんにずっと言いたかったことがあるんだ。今言うことじゃないかもしれないけど……」
お母さんは涙を拭い、なあに、と優しい声で李紅に問いかける。
「…普通に学校に行って、家に帰ったら家の手伝いをして、休みの日は部活に出たり、父さんや母さんと出掛けたり……桜と遠出する。そうゆう”普通”が、俺には何一つまともに出来なくてごめん」
────李紅。
「皆はちゃんと愛してくれたのに、ちゃんと生きられなくってごめんなさい……っ」
叫ぶようなその声は震えていた。
泣いているのかもしれない、とふとそう思った。
「李紅…………」
思わず私は声を上げた。名前を呼んだ。
でも、それ以上は何も繋げなかった。
李紅のせいじゃないよ、とか。色々気の利いた言葉はあったろうに、今そのどれを口にしたとしても、何一つ届かないと悟ってしまった。
誰も悪くない。
だって李紅はもちろん好きで病気になった訳じゃない。李紅のせいじゃない。だけど李紅を産んだお母さんのせいでもないんだ。
だから、誰も李紅を責めたりはしない。ただ運命なんだと泣いたり抱えたりするしかないんだ。誰も憎まれるべきじゃないんだから。
それが苦しいんだ、李紅は。
───私と、同じだ。
両親に捨てられたと思った時、代わりに溺愛されていた弟を憎んだ。心の中で、たくさん責めた。
頭の中では分かってる。弟は何にも悪くない。
でも、誰かのせいにしないと……壊れてしまいそうだった。
誰かのせいにしたら、心の痛みがほんの少しだけ軽くなるから。
だから李紅は今、全部自分のせいにしようとしているんだ。
私たちのために…………。
「李紅……………」
お母さんも、お父さんも、夕実ちゃんも、誰も何も言えなかった。