副社長の一目惚れフィアンセ
ほどよく筋肉のついたたくましい腕。

それをギュッと握って離さない私の頭をなでながら、

「もう大丈夫だよ」

とナオは笑う。

どうしてそんなにのんきなんだろう。

一歩間違えば殺されてしまっていたというのに。

「もうちょっとだけこうさせて。
ナオが死んじゃってたらって思うと、私…」

想像するだけで涙が滲んでくる。

私にとってナオは、こんなにも大切な人なのだと思い知らされる。

「明里…」

名前を呼んでくれるのはもう当たり前のようになっているけど、その言葉にはちゃんと愛がこもっていることがわかる。

不思議だけど、ナオが呼ぶ『明里』は『好きだよ』と言っているように聞こえるのだ。

ナオは名前を呼びながら髪をなでるけど、その指は私の耳をくすぐり、すーっと首筋から身体のラインをなぞっていく。

ナオの理性はもう限界のようだ。

ナオがキスをしようと上体を起こした時、ふとあることを思い出してナオの口に手を当てた。

「ごめん、ナオ。今思い出したから、聞いてもいい?」

少し不満げな顔をしながら、ナオは首を傾げる。

「何を?」

「お姉ちゃんのこと」

ナオは一拍置いて、軽いキスをしてからまたコロンと横に寝転がった。

「お葬式の時の魔法は、ナオじゃなくてお姉ちゃんのだって言ってたよね。
あの続き、聞きそびれたの。お姉ちゃんの魔法ってどういう意味?」

ナオは少し悲し気に口角を上げる。

「…詩織には、ちょっとだけ不思議な力があったんだ。
本人曰く、何の役にも立たない力。誰も喜ばない力。誰も気づかないまま消えていく。自分しかわからない。そんな力」

首を捻った。
なぞなぞのようで、私にはまるで意味がわからない。



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