冷酷な騎士団長が手放してくれません
「まあ、なんてこと。お会いできて光栄ですわ……!」


彼の処女作である『獅子王物語』を、ソフィアは子供の頃から穴が開くほど読んできた。その作者が目の前にいるなんて、まるで夢を見ているようだ。


喜びのあまり顔を輝かせるソフィアを、ニールが悦に入ったように見ている。


「あなたのご本を、何度も読みました。『獅子王物語』は、本当に素晴らしい作品です。『四銃士』の戯曲も、幾度も見に行きましたわ」


「そうかい。そんなに目を輝かせてくれるなら、この老いぼれもこの年まで生きて来た甲斐があるよ」


「新作の『仮面の王子』も読みました。どうやったら、あんな斬新な物語を考えつくことが出来るのですか?」


ホッホと笑ったあとで、「いやなに、あれは旧い友人のアイデアを借りただけだよ」とベルは謙遜した。


彼は、もとはロイセン王宮に勤める従者だったと聞いたことがある。あの伝説の獅子王にも面識のある、貴重な人物だ。年は九十歳を超えているはずなのに、背筋は伸び、口調もしっかりしているところにも驚かされる。





「あなたは幸せ者だ」


ベルの落ちくぼんだ瞳が、優しく細められる。


「このニール王子は、私が今まで出会ってきた人間の中で、三本の指に入るほどの優れた人格者だからな」


ベルの言葉が胸に刺さり、ソフィアは小さく「はい」と答えるのが精一杯だった。


ソフィアにも、分かっている。ニールは、全てを持ち合わせた男だ。姿だけでなく、地位も名誉も、領主としての技量も、優れた人格も。


それなのに、どうしてこの男を心から愛せないのだろう?


獅子王の妻アメリのように、身も心も夫に尽くす覚悟が出来ないのだろう?
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