冷酷な騎士団長が手放してくれません
破れたドレス


晩餐会が、終盤に差し掛かる。


広間では、数刻前から舞踏会が始まっていた。高らかに鳴り響くヴァイオリンやフルートの調べに乗って、シャンデリアの輝く天井の下で、手と手を重ね合った男女がダンスを楽しんでいる。


ソフィアは今、壮年の男性貴族とワルツを踊っていた。どこぞの令嬢と踊っているニールが、時々こちらに目線を送ってくる。


人々の話し声に、行き交う視線。踊りながら広間を行き来していれば、様々な人の顔が視界に入る。


(もしかしたら、どこかに手紙を送った犯人がいるのかしら……)


その可能性は、なきにしもあらずだ。途端にソフィアは不安になって、息が苦しくなるのだった。


目の前にいる紳士が、ニッと笑って見せた。その笑顔も偽物に感じ、引きつった笑みしか返せない。


だが、広間の隅からじっとソフィアを見据えるリアムに気づくと、ソフィアはホッと胸を撫で下ろすのだった。


リアムがいれば、ソフィアは一人ではない。忠実な下僕は、ソフィアに何かあれば全てを捨ててでも駆けつけてくれるだろう。







「ソフィア様」


曲が終わり小休憩に入るなり、背後から呼び止められた。両掌を胸もとで重ね、しとやかに立っていたのはリンデル嬢だ。


胸元に大振りなリボンのあしらわれた派手な赤いドレスに身を包んだリンデル嬢は、ソフィアと目が合うなりにっこりと微笑んだ。


「そのドレス、思った通りよくお似合いですわね」


今までの好戦的な態度が嘘のように、なれなれしかった。それが逆に不自然で、身構えてしまう。


「リンデル様が選んでくださったのですってね。こんなにステキなドレスを、本当にありがとうございます」


「いえいえ。私に出来ることといったらこのくらいですから、お気になさらないで」


ホホホ、と高らかに笑うリンデル嬢。彼女に対する不審感から、ソフィアは適当な言葉を並べてこの場を切り上げようと考える。だがソフィアが口を開く前に、リンデル嬢が「あら?」と大袈裟に首を傾げた。
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