冷酷な騎士団長が手放してくれません
リンデル嬢が退室してしばらくしてから、政務に戻るニールを残し、ソフィアも部屋をあとにした。


迎えに来た侍女と一緒に、回廊を過ぎて自室へ戻るために角を曲がると、螺旋階段の前に立ち尽くしているリンデル嬢に出くわす。







ソフィアを見るなり、神妙な顔をしたリンデル嬢は真っすぐに歩み寄って来る。


「……なぜですの? なぜ、私を咎めなかったのです?」

リンデル嬢は、まるで未知の生物に遭遇した時のような、強張った瞳をしていた。罪を解かれたはずなのに不安げなのは、ソフィアの言動が全く理解出来ないからだろう。


ソフィアは小さく息を吸い込むと、「悪いのは、あなたではないからです」と静かに答えた。






「私が、悪くないですって……? 公衆の面前で、あなたにあんな恥をかかせたのに?」


「悪いのは、あなたを追い込んだあなたのお父様ですわ」


リンデル嬢が、一瞬息を止める気配がした。


僅かな動揺を見せたリンデル嬢に、ソフィアはひたむきな視線を投げかける。


「以前、あなたとあなたのお父様が立ち話をしているのを見ました。あなたのお父様は、あなたと殿下との婚約を強く望んでいた。あなたは、それに抗えない様子だった」


自分の娘を政治的策略の駒だと思っている貴族は、世の中に溢れている。リンデル嬢の父クラスタ伯爵は、その典型例だ。


リンデル嬢が、なぜあんなすぐに足がつくような、安易な秘策に出たのか? 彼女にはきっと、余裕がなかったのだ。ソフィアを陥れたい一心で、落ち着いて後先を考えることも出来ないほどに、追い込まれていた。







「だから、あなたは悪くない」


ゆっくりと言葉を繰り出すソフィアを、リンデル嬢は今にも泣きそうな顔で見つめていた。


何かを諦めたような表情だった。


ステンドグラスのアーチ窓から差し込む光に照らされた化粧っけのないその顔は、ソフィアが今までに見た彼女の表情中で、一番美しく感じた。


やがてリンデル嬢は、何も言わないままにソフィアの隣を横切る。


そして、ゆっくりとした足取りで、廊下の向こうへと消えて行った。








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