冷酷な騎士団長が手放してくれません
ソフィアは、ニールにベッドに押し倒されたあの晩餐会の夜のことを思い出していた。


未来の夫とのキスは、ソフィアに苦しみしかもたらさなかった。幸福とはほど遠い感情がこみ上げ、体が引きちぎられるような傷みが胸に走った。


リアムとの、キスとは違う。


リアムの熱と感触は、いつもソフィアに幸福をもたらした。


優しい熱が、ソフィアの心を満たしてくれる。あの快感を知った時、きっとニールとのキスも大丈夫だと思った。


だが、実際は違った。


それが、どうしてなのか。そのことが、何を意味するのか。


足を止めたソフィアの胸に、じわじわとその答えが広がっていく。


気づけば、ソフィアの瞳には涙が滲んでいた。


(もしかして……)






秋が深まるにつれ、宵風には冷たさが入り混じるようになった。朧げな半月が、夜の庭園を幻想的に映し出している。


欄干に手をつき、ソフィアは茂みの中にいるリアムをじっと見下ろした。


黄金色の髪が、風に凪いでいる。この距離からでも、青い瞳が一寸のブレもなくソフィアを見上げているのが分かる。


(もしかして、私はとっくに恋を知っていたの……?)


この十年、いつ何時も感じて来た視線。この世でただ一人、ソフィアだけが得ることの出来る安心感。


だが、埋もれた感情に気づきはじめた今は、その安心感が苦しみに変わろうとしている。






どんなに離れていようとも、姿が見えなくとも、いつもリアムとの間には繋がりを感じた。


それなのに、突如彼との距離を果てしなく遠くに感じる。


手を伸ばそうと、手繰り寄せようと、決して近づくことの出来ない存在。


ソフィアは、もうすぐニールのものとなるのだから。
< 124 / 191 >

この作品をシェア

pagetop