冷酷な騎士団長が手放してくれません


――ドンッ!


一際大きい雷鳴に、ソフィアははっと目を覚ます。


カラカラという車輪の音と、大粒の雨音が耳に蘇った。前方には、相変わらず御者席で淡々と馬を操っているアダムがいる。


(どのあたりまで来たのかしら……)


身を起こしたソフィアは、窓の外を覗き込む。


馬車は、見たことのない山道を駆け上がっていた。鬱蒼と生い茂る針葉樹林が、強風に煽られ不気味な形に凪いでいる。


(ここは、どこ……?)


リルべまでの道のりに、山などなかったはずだ。







ソフィアは身を乗り出し、アダムに問いかけようとした。


だが馬の手綱を持つアダムの手にキラリと光るナイフを見つけ、身を凍らせる。


ピカッと、森全体に閃光が弾けた。


その光に触発されるように、ソフィアは今さらながら手紙のことを思い出す。


――『故郷に帰れ、この売女』


憎しみに満ち溢れたあの手紙は、本当にリンデル嬢が書いたものだったのだろうか?


だとしたら、奇妙な点がある。あの手紙の文字は、荒々しい男が書いたような字体だった。


リンデル嬢から手紙をもらった時、ソフィアは彼女の令嬢らしい優美な文字を目にしている。






悪寒に、体がぶるりと震えた。


リアムといる時に壺が落ちて来たのも、リンデル嬢の仕業と考えると腑に落ちない点がある。


昼間のサロンにしか顔を出さないかった彼女が、あんな明け方に城にいるはずがない。誰かに頼んだとも考えられるが、リンデル嬢の仕業ではないと捉えた方が妥当ではないだろうか?


ソフィアに他に怨みを持つものが断定出来なくて、全てをリンデル嬢がしたことだと決め込んでいた。実際、彼女が城を去ってから、ソフィアの身におかしなことは起ってはいない。


(でも……)


ソフィアは、震える息を呑む。


(真犯人は他にいて、絶好の機会をうかがっていただけなのだとしたら……)
< 146 / 191 >

この作品をシェア

pagetop