冷酷な騎士団長が手放してくれません
晩餐会は、バルコニーに面したパーティールームで行われる。


臙脂色の絨毯の敷き詰められた床は、ダンスをするのに最適だ。瀟洒な白亜のテーブルには、香ばしく色鮮やかな料理の数々が並べられていた。


キッシュにパスタにフリッター、デザートには飴色のカタラーナに焼き立てのマカロン。どれも料理人が腕をふるった料理だが、談笑する貴族や貴婦人は人脈繋ぎに必死で、あまり手をつけようとはしない。


「ソフィア様、随分お綺麗になられましたこと」


「なんとお美しい。お人形のようだったお嬢様が、こんな立派な令嬢になられて」


晩餐会の主催者、アンザム卿の娘であるソフィアは、次から次へと現れる客人たちに挨拶をするのに大忙しだった。美辞麗句に愛想笑いで答え、スカートの端を持ち上げ会釈する、淑女の礼を繰り返す。


談笑しながらもしきりに扉を気にしている着飾った令嬢たちは、おそらく例のニール王子を待ちわびているのだろう。






「ソフィア、疲れただろ? 無理はしなくていいぞ」


ソフィアの隣に並んだアンザム卿が、優しい笑顔を向けてくる。蓄えられた顎髭には、威厳を感じた。ソフィアのブラウンの瞳は、父親譲りだ。


蜂蜜色の髪は、母親のマリア・ジョセフィンに似ている。辺境伯婦人であるマリアは、由緒ある家の出で、その美しさから昔から社交界の花形だったという。兄のライアンを連れて、今も要人たちの挨拶回りに余念がない。


「お前は、こういう場が好きではないからな。少し、バルコニーで風にでも当たって来たらどうだ」


「お父様……」


世の中には、自分の娘を政治的策略の駒だと考えている貴族が溢れている。だが、アンザム卿はいつ何時も娘への気遣いも忘れない。彼のその人柄が高く買われ、辺境伯の地位まで昇りつめたのだろう。


「お父様は、大丈夫なのですか? 少し、顔色がお悪いようですけど」


「なに、大事な晩餐会だ。邸の主が、退席するわけにはいかないだろう」


ハハハ、とアンザム卿は笑う。だが、


「ゴホッ! ゴホゴホゴホ……っ!」


次の瞬間、激しくむせ込んだ。


「お父様……!?」


< 16 / 191 >

この作品をシェア

pagetop