冷酷な騎士団長が手放してくれません
すると、誰かがグラスに入った水を差し出した。


それは、黒の上着に金模様の施された、騎士団の正装に身を包んだリアムだった。邸で晩餐会が催される際は、護衛として騎士団長のリアムも同席するのが常だ。


「ありがとう、リアム」


水を飲んだアンザム卿は、容態を持ち直す。


「大丈夫? お父様」


「ああ、リアムがいるから、もう大丈夫だ。お前は、少し休憩をしてきなさい」


リアムのブルーの瞳がソフィアを見つめ、頷いた。


(リアムがいれば、安心だわ)


不安を抱きながらもソフィアは二人の傍を離れ、バルコニーに出た。








ガラス戸を閉じれば人々の笑い声が遮断され、風の音が耳に届いた。


漆黒の夜空には満月が浮かび、闇に沈むリルべ一帯を照らしている。


しばらくの間、ソフィアは涼やかな外気を肌で感じていた。


そして金色の月を見上げ、獅子王の物語を思い出す。


現ロイセン王の祖父旧ロイセン王は、その勇ましさから獅子王の異名を持つ。弱小だったロイセンを無敵の王国にした伝説の人物だ。


金色の髪に碧眼の美男子。戦の際は王自らが先頭を切って出陣し、領土を切り開いて行った。満月の夜の奇襲作戦で、難攻不落といわれた敵国との戦いに勝利したのは有名な話だ。それにちなんで、王都リエーヌでは年に一度、秋口の満月の晩に獅子王を讃えるパレードが催される。


自分も、獅子王のように自由にたくましく生きたい。そうは思うが、辺境伯令嬢のソフィアには叶わぬ夢だ。


子供の頃に読んだ『獅子王物語』の一説が、自然と口をついて出る。


「満月の夜に、我は誓う。この地を治めし我は、愛と自由の精神を胸に、永遠にこの地を……」









その時だった。


「へえ。『獅子王物語』か」


若い男の声が、足もとから聴こえた。
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