冷酷な騎士団長が手放してくれません
帰りがけ、馬車に乗り込む寸前に、ニールはソフィアに一冊の本を手渡してきた。
「前に話した、アレクサンドル・ベルの新作だ。持って帰って、ゆっくり読むといい」
まだ新しい紙の匂いの残るその本を腕に抱くと、ソフィアは深々と頭を下げた。
「ありがとうございます」
「今度、感想を聞かせてくれ」
「はい」
扉が閉まり、御者が手綱を引き上げた。
馬の唸りと共に、軽快な車輪の音を響かせ馬車は走り出す。
いつまでも馬車を見送るニールのシルエットを、ソフィアは複雑な思いで眺めていた。
要塞城と堀の向こうを繋いでいるアーチ橋は、既に夜の闇の中に沈んでいた。
今宵は辺境まで走り、母マリアの従妹の邸で一泊する。
向かいの席では、ライアンが既にいびきをかいて眠っている。
サロンの終盤あたりから、ライアンは眠そうに目を擦っていた。出版禁止の本について熱弁し過ぎたせいで、精魂尽き果てたのだろう。
我が兄ながら、その傍若無人ぶりには呆れてしまう。
(今日は、色々なことがあり過ぎたわ)
胸の奥がごちゃごちゃだ。
ニールのあのひたむきな眼差しを思い出すと、いたたまれなくなる。
こんな時、ソフィアはすぐにでもリアムに会いたくなってしまう。
ソフィアの不安な心の内を、リアムはいつものように黙って聴いてくれるだろう。
多くを語らなくとも、あの海の底のような青い瞳に見つめられると、海を漂う泡のように穏やかな気持ちになれるのだ。
リアムがいないと、体の半分が空っぽのように心許ない。
ソフィアは右手の手袋を外すと、傷跡をそっと撫でた。
目を瞑り、母のマリアが『醜い』と顔をしかめる微かなふくらみを、指先で感じる。
そうしているだけで、気持ちが少しだけ落ち着いていく気がした。
「前に話した、アレクサンドル・ベルの新作だ。持って帰って、ゆっくり読むといい」
まだ新しい紙の匂いの残るその本を腕に抱くと、ソフィアは深々と頭を下げた。
「ありがとうございます」
「今度、感想を聞かせてくれ」
「はい」
扉が閉まり、御者が手綱を引き上げた。
馬の唸りと共に、軽快な車輪の音を響かせ馬車は走り出す。
いつまでも馬車を見送るニールのシルエットを、ソフィアは複雑な思いで眺めていた。
要塞城と堀の向こうを繋いでいるアーチ橋は、既に夜の闇の中に沈んでいた。
今宵は辺境まで走り、母マリアの従妹の邸で一泊する。
向かいの席では、ライアンが既にいびきをかいて眠っている。
サロンの終盤あたりから、ライアンは眠そうに目を擦っていた。出版禁止の本について熱弁し過ぎたせいで、精魂尽き果てたのだろう。
我が兄ながら、その傍若無人ぶりには呆れてしまう。
(今日は、色々なことがあり過ぎたわ)
胸の奥がごちゃごちゃだ。
ニールのあのひたむきな眼差しを思い出すと、いたたまれなくなる。
こんな時、ソフィアはすぐにでもリアムに会いたくなってしまう。
ソフィアの不安な心の内を、リアムはいつものように黙って聴いてくれるだろう。
多くを語らなくとも、あの海の底のような青い瞳に見つめられると、海を漂う泡のように穏やかな気持ちになれるのだ。
リアムがいないと、体の半分が空っぽのように心許ない。
ソフィアは右手の手袋を外すと、傷跡をそっと撫でた。
目を瞑り、母のマリアが『醜い』と顔をしかめる微かなふくらみを、指先で感じる。
そうしているだけで、気持ちが少しだけ落ち着いていく気がした。