冷酷な騎士団長が手放してくれません
「ソフィア? いるんでしょ? 早く開けなさい」


それは、母マリアの声だった。


ドアを開ければ、目に見えて表情の輝かしいマリアが、颯爽とした足取りで近づいて来る。後ろには、父のアンザム卿と侍女のアーニャもいた。


「ソフィア、よくお聞きなさい。先ほど、カダール公国から使者が参り、ニール王子からあなたに正式に婚約の申し入れがありました」


ソフィアは、ぎくりと顔を凍らせる。


「辺境伯の娘として生まれ、これほど名誉なことはございません。殿下はお返事を待つと言われておりましたが、もちろんお受けしてよろしいですわよね?」







マリアの歯切れの良い物言いは、自信に漲っていた。ニール王子からの婚約要請を、受け入れることが当然中の当然のように。


だが、ソフィアは俯いたまま顔を上げようとはしなかった。


マリアが、肩眉をピクリと動かす。


「ソフィア、お返事は?」


「………」


返事を渋るソフィアに気づいたマリアの表情が、険しくなる。


「まさか、お断りするつもりじゃないでしょうな?」


「そんなつもりでは……。ただ……」


「ただ?」


「迷っているのでございます」


しいん、と部屋に深い沈黙が落ちた。


冷え切った空気の中で、理解できないという風に、マリアが眉間に皺を寄せた。


「なぜ? 何を迷うことがあるのですか? 相手は次期公爵様ですよ。それに社交界でも評判の美男子で、気品まで兼ね備えていらっしゃいます。何の不満があると言うのです?」


「不安というより……怖いのでございます」


「怖い? いったい何が?」





ソフィアは、返事を呑み込んだ。


ニールの中の男が怖いと答えたら、マリアはなんと言うだろう?


馬鹿馬鹿しい。わけの分からないことを言わないで。


そうやって、ソフィアの不安など一蹴されてしまうのではないだろうか。


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