冷酷な騎士団長が手放してくれません
忍び寄る魔の手


ニールとの婚約が正式に決まり、婚礼までの期間を、ソフィアは花嫁修業も兼ねてカダール公国で過ごすことになった。


ソフィアについて行くというリアムの要望は、アンザム邸を混乱させた。


騎士団長をやめてまで令嬢の護衛になるなど、前代未聞だからだ。


だが、最終的に許可を与えたのは、他でもない当主のアンザム辺境伯だった。


「リアムがソフィアについていれば、私も安心だ」


そう言って優しい笑みを向けてくれたアンザム卿は、やはりどこまでもソフィアのよき理解者だ。


新しい騎士団長には、ダンテが就くことになった。







出発の日。ソフィアとリアムが乗る馬車の前に、アンザム邸の一同が並んで二人を見送った。


「お嬢様、お元気で……」


一番泣いていたのは、アーニャだった。ソフィアは本当はアーニャも連れて行きたかったが、アーニャは薬屋を営む老齢の両親が近くに住んでいる。だから配慮して、アンザム邸に残すことにした。


「戻って来ちゃ駄目ですよ。戻って来て欲しいけど、戻って来ちゃ駄目ですから……」


顔が涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっているアーニャを、ソフィアは思いきり抱き締めた。


「アーニャ、元気でね……」


「うう、お嬢様……」






アンザム卿に母のマリア、そして兄のライアン。皆が、ソフィアとの別れを惜しみながらもその表情は晴れ晴れとしていた。その中で、一人優れない者がいる。新しい騎士団長の、ダンテだった。


「ダンテ、頼んだぞ」


「……はい」


リアムの声にも、ダンテは重々しい返事をするだけだった。


リアムがソフィアについて行くことが決まった際、ダンテもリアムに付き従うことを希望した。


だがダンテ以外に騎士団長が務まりそうな者がいなかったので、断固反対されたのだ。


そのことを、ダンテはいまだ納得出来ていないらしい。






「ソフィア、私のことは心配するな。しっかりやるのだぞ」


「はい、お父様」


最後にソフィアはアンザム卿と熱い抱擁を交わし、馬車に乗り込んだ。
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