冷酷な騎士団長が手放してくれません
(ああ、恐ろしかったわ……)


その夜、自室のバルコニーから外を眺めながら、ソフィアはサロンでの出来事を思い出していた。


ソフィアは、人と諍いを起こすようなタイプの人間ではない。だが理不尽な場面に出くわした時、火が点いたように攻撃的な自分が顔を出すのだ。


この気質は、恐らく気の強い母のマリア譲りのものだろう。


(でも、すっきりした)


シルクのネグリジェ姿で、バルコニーの欄干に寄りかかる。ソフィアの部屋からは、カダール公国の名産である葡萄畑の連なる緑野が一望できた。


漆黒の夜空には星が瞬き、夏の夜風に雲が流れている。黄金色の満月が雲に見え隠れする様は、まるで戯詩の一場面のように美しい。







夜風が、ソフィアの蜂蜜色の髪を揺らした。


不思議な感覚だった。


カダール公国に来てから、ずっと馴れない生活と理不尽な非難の目に耐えてきた。


十日目にしてようやく自分らしさが出せたというのに、今更のように寂しさが込み上げる。


口うるさい母も、優しい父も、姉のように頼れるアーニャもいない。


同じ城の中にいるとはいえ、リアムにもほとんど会えない。


「今頃、何をしているのかしら」


右手の傷跡を撫で、唯一無二の下僕のことを思う。


(明日、こっそり騎士の館まで会いに行ってみよう)


そう思ったところで、部屋のドアをノックする音が聞えた。



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