冷酷な騎士団長が手放してくれません
目が覚めると、ソフィアは自室のベッドに横たわっていた。見慣れた、唐草模様の装飾の施された天井。ビロードのカーテンを吊り下げたアーチ窓からは、リルべの清々しい風が吹き込んでいた。
「……あれ? わたし……」
「お嬢様、目覚めたのですね……!」
ベッドの脇で、アーニャが涙ぐんでいる。
「ああ、良かった……! お前、旦那様にこのことを報告しに行って」
涙を拭いながら、アーニャは部屋の入り口に控えていた侍女にそう言うと、ソフィアの方に向き直った。
「お嬢様、リエーヌでの出来事は覚えておられますか?」
「リエーヌ? そうだ、わたし……手を怪我して……」
「そうです。お怪我の後にひどい高熱にうなされ、丸二日寝込んでおられたのです。一時はどうなることかと思いましたが、本当に良かった……」
アーニャは、涙と鼻水でぐちゃぐちゃな顔に、心底ホッとした笑みを浮かべている。
そこで、ソフィアははっと顔を上げた。
「そうだ、あの男の子は……?」
地下通路で倒れていた、金髪の少年。あの騒乱の中、汗だくで力尽きていたが、あの後どうなったのだろう?
「彼は、無事です」
アーニャが、横たわるソフィアの足もとに視線を投げかけた。見れば、あの少年があの時と同じ姿のままで、片膝をつきじっとソフィアを見つめている。
「あの時、お嬢様は朦朧としながらも、必死にうわ言でこの少年のことを心配しておられました。ですから、私達はこの少年も一緒にこの邸に連れ帰ったのです。少年の容態は間もなくして良くなりましたが、名前も、家がどこかも答えようとはしません。こうして、寝ることも食事を摂ることも拒んで、じっとお嬢様を見守っているのです」