冷酷な騎士団長が手放してくれません

「まあ、ソフィア。なんて美しいの」


衣裳部屋で侍女たちに囲まれ身支度を終えたソフィアが現れるなり、ティールームで紅茶を楽しんでいたマルガリータ公爵夫人は甲高い声を張り上げた。


「さすが、流行りの針師に頼んだだけありますわ」


ソフィアを、壁際の金のロココ様式の鏡台へと誘うマルガリータ公爵夫人。


「見てごらんなさい。今晩の主役に、相応しい淑女ですわ」






鏡の中のソフィアは、袖に大振りなレースのあしらわれた濃紺のドレスを身に纏っていた。


もともと華奢な腰をコルセットで締め上げたウエストが、裾広がりのドレスの美しさを際立たせている。ペチコートでボリュームを出したスカート部分には、オレンジと生成りの糸で見事な花模様が細かく刺繍されていた。


一時間かけて綿密に編み込まれた髪には白い花模様の髪飾りが散らされ、胸もとではオレンジサファイヤのネックレスが光っている。


「まあ、かわいい」「なんてお洒落なの」と、マルガリータ公爵夫人は自分のことのように上機嫌だ。


ソフィアは恥じらいながらも、礼を述べる。


「奥様。こんな素敵なドレスをご用意してくださり、本当にありがとうございます」






ソフィアは体の寸法を測っただけで、ドレスを選んではいない。デザインから生地選びまで、マルガリータ公爵夫人が全て手配してくれたのだ。


するとマルガリータ公爵夫人は、「いやあね、オホホ」と曖昧な笑みを返した。


「本当はね、手配したのは私じゃないのよ。クラスタ家のリンデル様ですわ」


「え……？」


ソフィアの表情が、一瞬凍り付く。


ソフィアの変化に気づいていない様子のマルガリータ公爵夫人は、優美なドレスに惚れ惚れとした視線を這わせた。


「リンデル様はね、流行に敏感で、社交界一のお洒落さんなの。私のような年のいった者が選ぶより、リンデル様に選んでもらった方が良いと思いましてね、お願いしたのです。お任せして、大正解でしたわ」


顔を輝かせると、マルガリータ公爵夫人は再びソフィアに賛辞を浴びせ始める。


リンデル嬢の名前を耳にした途端不安で胸がいっぱいになっていたソフィアは、愛想笑いを返すことしか出来なかった。