愛される自信をキミにあげる
七
ちゃんとしたデートをしよう。
そう言った三条課長にどこに行きたいかと尋ねられて、思わず動物園と言ってしまったのは子どもっぽ過ぎたかもしれない。
じゃあピクニック……。
それも同じようなものかと、当日までスマートフォン片手に悩むこともしばしば。
想像通りの外国産の車で迎えにきた三条課長と、空を見上げて同時に笑う。
「この天気じゃ動物園は無理だね」
残念ながら厚い雲に覆われた空からは、大粒の雨が降り始めていた。
元々の予報は曇り。
降水確率は微妙なところで五十パーセント。
延期にしようと連絡があるかと思っていたけれど、迎えに行くから家にいてと電話が入った。
「どこに行くんですか?」
「俺のマンション」
「えっ……なのに、わざわざ迎えにきてくれたんですか?」
住所さえ教えてくれれば、自分で行けるのに。
そう口にだすと、苦笑が返された。
だっていくら車とはいえ、わざわざあたしの家まで迎えにくるのは面倒だ。
あたしから今日はやめましょうって言うべきだったのかも。
「だって、笑留に話したら今日は中止にしましょうとか言いそうだったから。それに、俺の家って言ってここまで反応ないのも寂しいね。襲われる心配とかしないの?」
助手席に座らせてもらって、車はゆったりとしたスピードで発進した。
視線は前を向いたままの三条課長の口元はいたずらっぽく緩められている。
からかわれているとわかっていても、いちいち反応してしまう。
襲われてもいい……なんて思ってしまう自分が恥ずかしくて堪らない。
「お、襲うんですか?」
「ん〜隙あらば襲いたい気持ちはあるけどね。笑留となら家でも退屈しないかなって思っただけだよ」
「そういうこと言われると、特別みたいで……ドキドキします」
「好きな人なんだから、特別だよ。他の人をマンションに呼んだことはないから」
「前に付き合ってた人、もですか?」
こういうことを聞いたらダメだって、口に出してから後悔した。
重い女だと思われる。
けれど、特別だと言われて、調子に乗ってしまいそうな自分がいるから。
「うん。誰も。笑留が初めてだね。あ、麗もマンションにはきたことないよ。実家にはあるけど。笑留は社会人になってから一人暮らし?」
「はい。三条課長も、ですか?」
「俺は大学から。進路のことで父親と喧嘩してさ。親が持ってる不動産の内の一つが今住んでるマンションなんだけど、しょっちゅう隠れ家にしてたんだよね。で、その時も実家飛び出して、マンション行って……なんかそのまま住み着いちゃった」
「三条課長でも、喧嘩とかするんですね……」
「今はしないけどね。大学の頃はしょっちゅうだったかな。うちの会社って元々は俺の祖父が始めたんだ。で、今の重役たちはほとんどが親戚。三条本家の直系だからって理由だけで、将来は会社を継いでくれって言われ続けたし。やりたいことがあったわけじゃないけど、そういう決められた場所にすんなり収まるってことに、昔は抵抗があったんだよね」
そうだったんだ。
三条課長のお父さんが専務だから、将来の代表取締役だと言われているのかと思っていたけど、実績もさることながら本当のサラブレッドだったんだ。
「抵抗、なくなったんですか?」
「そうだね……結局は俺が逃げたマンションも父親の持ち物なわけで、何不自由ない生活ができてるのも親のおかげだって気づいたら、抗うのも馬鹿馬鹿しくなってさ。ただやりたいこともないのに、敷かれたレールの上を走ることに反発してただけだって、父さんは気づいてたんだろうな。今はとにかく父に認められたいと思ってる」
三条課長を特別視してた。
お金持ちで悩みなんかなくて、きっと思い通りにならないことだって一つもないんだろうって。
何もかもを持っているように見える麗だって、人並みに失恋してやっと恋を成就させた。
勝手に思い込んで、劣等感を抱いていたのはあたし自身。
そう気づかされたら、少しだけ三条課長に近づけたように思えた。
そう言った三条課長にどこに行きたいかと尋ねられて、思わず動物園と言ってしまったのは子どもっぽ過ぎたかもしれない。
じゃあピクニック……。
それも同じようなものかと、当日までスマートフォン片手に悩むこともしばしば。
想像通りの外国産の車で迎えにきた三条課長と、空を見上げて同時に笑う。
「この天気じゃ動物園は無理だね」
残念ながら厚い雲に覆われた空からは、大粒の雨が降り始めていた。
元々の予報は曇り。
降水確率は微妙なところで五十パーセント。
延期にしようと連絡があるかと思っていたけれど、迎えに行くから家にいてと電話が入った。
「どこに行くんですか?」
「俺のマンション」
「えっ……なのに、わざわざ迎えにきてくれたんですか?」
住所さえ教えてくれれば、自分で行けるのに。
そう口にだすと、苦笑が返された。
だっていくら車とはいえ、わざわざあたしの家まで迎えにくるのは面倒だ。
あたしから今日はやめましょうって言うべきだったのかも。
「だって、笑留に話したら今日は中止にしましょうとか言いそうだったから。それに、俺の家って言ってここまで反応ないのも寂しいね。襲われる心配とかしないの?」
助手席に座らせてもらって、車はゆったりとしたスピードで発進した。
視線は前を向いたままの三条課長の口元はいたずらっぽく緩められている。
からかわれているとわかっていても、いちいち反応してしまう。
襲われてもいい……なんて思ってしまう自分が恥ずかしくて堪らない。
「お、襲うんですか?」
「ん〜隙あらば襲いたい気持ちはあるけどね。笑留となら家でも退屈しないかなって思っただけだよ」
「そういうこと言われると、特別みたいで……ドキドキします」
「好きな人なんだから、特別だよ。他の人をマンションに呼んだことはないから」
「前に付き合ってた人、もですか?」
こういうことを聞いたらダメだって、口に出してから後悔した。
重い女だと思われる。
けれど、特別だと言われて、調子に乗ってしまいそうな自分がいるから。
「うん。誰も。笑留が初めてだね。あ、麗もマンションにはきたことないよ。実家にはあるけど。笑留は社会人になってから一人暮らし?」
「はい。三条課長も、ですか?」
「俺は大学から。進路のことで父親と喧嘩してさ。親が持ってる不動産の内の一つが今住んでるマンションなんだけど、しょっちゅう隠れ家にしてたんだよね。で、その時も実家飛び出して、マンション行って……なんかそのまま住み着いちゃった」
「三条課長でも、喧嘩とかするんですね……」
「今はしないけどね。大学の頃はしょっちゅうだったかな。うちの会社って元々は俺の祖父が始めたんだ。で、今の重役たちはほとんどが親戚。三条本家の直系だからって理由だけで、将来は会社を継いでくれって言われ続けたし。やりたいことがあったわけじゃないけど、そういう決められた場所にすんなり収まるってことに、昔は抵抗があったんだよね」
そうだったんだ。
三条課長のお父さんが専務だから、将来の代表取締役だと言われているのかと思っていたけど、実績もさることながら本当のサラブレッドだったんだ。
「抵抗、なくなったんですか?」
「そうだね……結局は俺が逃げたマンションも父親の持ち物なわけで、何不自由ない生活ができてるのも親のおかげだって気づいたら、抗うのも馬鹿馬鹿しくなってさ。ただやりたいこともないのに、敷かれたレールの上を走ることに反発してただけだって、父さんは気づいてたんだろうな。今はとにかく父に認められたいと思ってる」
三条課長を特別視してた。
お金持ちで悩みなんかなくて、きっと思い通りにならないことだって一つもないんだろうって。
何もかもを持っているように見える麗だって、人並みに失恋してやっと恋を成就させた。
勝手に思い込んで、劣等感を抱いていたのはあたし自身。
そう気づかされたら、少しだけ三条課長に近づけたように思えた。