愛される自信をキミにあげる
どれだけ厳粛な雰囲気になるんだろうと、実はビクビクしていた。
もちろん緊張はしているけれど、醸し出す雰囲気が三条課長と瓜二つで、和やかに会話が進む。
「ふぅん、英臣の押せ押せで付き合うことになったんだ。なんかわかるなぁ。笑留ちゃん可愛いしなぁ」
白髪一つないブロンズの髪に、きっちりと締められたネクタイ。
新年祝賀会など会社の行事で壇上に上がる姿を見たことはあるが、三条専務と直接話すのは初めてだ。
五十を過ぎたあたりの年代だと思うが、優しげな風貌に高貴さが全身から滲みでていて、年を重ねると三条課長も同じような風貌になるのだろうかと見惚れてしまう。
さらに可愛いなんて言われて、思わずあたしも赤面しかけると、となりに座った三条課長がふて腐れたように口を尖らせた。
「笑留は俺のだから。父さんが可愛いとか言わないでよ」
憧れの三条課長が、三条専務の前だと子どもに見える。
ああ、親子なんだな、と感動してしまう。
「そりゃ、すまんね。一人息子だからとこれを甘やかして育ててしまったから、困ったことがあったら言ってね」
「い、いえっ……困ったことなんて……三条課長のおかげで、少しだけ自分に自信が持てるようになりました」
すぐにネガティブな考えになってしまう自分のことは、まだそれほど好きにはなれないけれど。
このままでいていいと、好きだと言ってくれた三条課長の言葉を信じることにした。
「父さん、だから麗との結婚は諦めてくれ」
「まあ、そうだな。あいつが英臣とならって言うから、お前が納得してるんだったら、私も結婚させたっていいって思ってたんだが、麗ちゃんも乗り気じゃないんだろう?」
あいつって言うのは、麗のお父さんかお母さんのことだろうか。
そもそも、この結婚話を持ちかけて来たのは、麗のご両親だったと言っていた。
「麗が俺と結婚したいなんて、言うはずないだろ」
もっと色々と揉めるのかと思っていたが、意外にもすんなり三条専務が諦めてくれそうで驚きを隠せない。
わざわざ恋人役を探すまでもなかったのではないだろうか。
三条課長が、麗との結婚は嫌だと突っぱねれば、ああそうかで終わりそうだ。
「麗ちゃんも、恋人がいるからかい?」
「それは本人に聞いてよ」
「秀征《しゅうせい》には言わないよ」
秀征という人は麗の父親のことだろうか。
「言わないかもしれないけど、探偵雇って細かく調べた上で報告しそうだ」
「息子からの信用ゼロだなぁ」
麗の恋人の話はあたしも最近聞いたばかりだし気になるところではあるが、話の腰を折るのもはばかられて聞けなかった。
それに、雰囲気から麗のご両親がやっぱり三条課長との結婚を望んでいると伝わってくる。
「笑留、置いてけぼりでごめんね。麗の父親はさ、明治時代から続く旧華族の直径なんだよ。閨閥《けいばつ》の名残なのか麗の恋人なんかにも口うるさく言ってくるんだ。たまたま幼なじみの俺がさ、歳も近くて家柄も良くてってことで目をつけられたわけ」
「麗と、結婚……しない、ですよね?」
わかっていても、恐る恐る聞いてしまう。
「しないよ。したってうまくいくはずないって、お互いにわかってるしね」
「そうだね。英臣にその気がなければ、秀征もしつこくは言ってこないだろうけど、麗ちゃんの恋人のことを調べるぐらいはしてそうだ。ああ、笑留ちゃん安心していいよ。私も妻も英臣の結婚についてうるさく言うつもりはないからね。会社の跡を継いでトップに立ってくれるだけで十分だよ」
そっか、やっぱり三条課長は後を継ぐんだ。
ますます遠い存在になりそうで、さっきまでの甘く密かな時間が幻みたいに思えてくる。
卑屈になったらダメと思っていても、社長になった彼の隣にいられるはずがないと不安になる。
「笑留? 聞いてた? 凹むところじゃないでしょ。むしろ喜ぶところだよ」
「へっ?」
「俺と笑留が結婚したら祝福してくれるみたいだよ」
「結婚……」
三条課長と結婚?
まさか、あたしが──?
フリ、じゃなくて?
「英臣、お前振られるんじゃないか? 笑留ちゃん、お前と結婚する気ないみたいだぞ」
「え、えええっ!?」
三条専務がニヤリと口角を上げて笑う。
冗談とも本気ともつかない言い方で、どう答えていいのか困る。
「俺たちのことは、俺たちで決めるから。父さん話済んだんなら早く帰りなよ。っていうか電話で済む話でしょ、これ」
「ん? いや、ちょっと風の噂で英臣に恋人ができたって聞いたものでね。今日休みだって言うし、もしかしたらその恋人に会えるかなって来たら、予想通りだったよ」
「風の噂って……情報源、絶対麗だろ」
「どうかな? じゃあ、今度こそ帰るよ」
三条専務は立ち上がり、うんっと伸びをすると颯爽と帰って行った。
玄関のドアが閉まったのを確認して疑問を口にする。
「どうして、麗が言ったってわかるんですか?」
あんまりにも呆気なくあたしの存在を受け入れてくれたこともそうだが、どちらでも構わないというスタンスではありながらも、父親として三条課長が麗と結婚してくれれば嬉しいことに違いはないだろう。
それなのに、突然の訪問にも関わらず部屋にあたしがいたことに、さして驚いてなかったように見えた。
「ああ……実はさ」
「はい」
「麗が困ってたのは本当なんだけどね。うちの親はそう結婚相手にうるさいわけもないから、断ろうと思えば断れた」
「そんな感じはしました」
「でも、チャンスだなって思っちゃったんだよね」
「チャンス?」
「うん。困ってるから恋人のフリしてって頼めば、キミに近づけるかなって打算があった。じゃなかったら、いくら幼なじみとはいえ、仕事中にあんなに話しかけないよ。笑留が麗の友達だったからだ」
たしかに麗の友人とはいえ、三条課長はわりと頻繁に話しかけてくれていた。最初は麗と恋人同士だからだと思っていたが、幼馴染みにあれほど話しかけているのには今思えば違和感があった。
「最初から……フリじゃなかったんですか」
「フリじゃないよ。恋人になってって言ったでしょ? 麗は、俺がキミのこと好きなの知ってたからね。実家にはあいつしょっちゅう出入りしてるし、こういう時幼なじみって面倒だよ。すぐバレる」
あたしの気持ちも気づいていた麗は、仕事中も三条課長と偶然を装って会えるようにと仕組んでいたらしい。
麗は何もかもを知っていて、自分が結婚させられるって大変な時に、あたしと三条課長のことを考えてくれていた。
そりゃあ、麗にだって打算はあったんだろう。
あたしと三条課長がうまくいけば結婚はなくなるわけだから。
綺麗で、強くて、優しくて。
やっぱり麗はあたしにとって憧れの女性だ。
「でも、麗のおかげで……あたしは英臣さんとこうしていられるんですね」
「そうだね。麗に借りを作るのは癪だから、そのうち返そうか? 二人で」
「はい」
もちろん緊張はしているけれど、醸し出す雰囲気が三条課長と瓜二つで、和やかに会話が進む。
「ふぅん、英臣の押せ押せで付き合うことになったんだ。なんかわかるなぁ。笑留ちゃん可愛いしなぁ」
白髪一つないブロンズの髪に、きっちりと締められたネクタイ。
新年祝賀会など会社の行事で壇上に上がる姿を見たことはあるが、三条専務と直接話すのは初めてだ。
五十を過ぎたあたりの年代だと思うが、優しげな風貌に高貴さが全身から滲みでていて、年を重ねると三条課長も同じような風貌になるのだろうかと見惚れてしまう。
さらに可愛いなんて言われて、思わずあたしも赤面しかけると、となりに座った三条課長がふて腐れたように口を尖らせた。
「笑留は俺のだから。父さんが可愛いとか言わないでよ」
憧れの三条課長が、三条専務の前だと子どもに見える。
ああ、親子なんだな、と感動してしまう。
「そりゃ、すまんね。一人息子だからとこれを甘やかして育ててしまったから、困ったことがあったら言ってね」
「い、いえっ……困ったことなんて……三条課長のおかげで、少しだけ自分に自信が持てるようになりました」
すぐにネガティブな考えになってしまう自分のことは、まだそれほど好きにはなれないけれど。
このままでいていいと、好きだと言ってくれた三条課長の言葉を信じることにした。
「父さん、だから麗との結婚は諦めてくれ」
「まあ、そうだな。あいつが英臣とならって言うから、お前が納得してるんだったら、私も結婚させたっていいって思ってたんだが、麗ちゃんも乗り気じゃないんだろう?」
あいつって言うのは、麗のお父さんかお母さんのことだろうか。
そもそも、この結婚話を持ちかけて来たのは、麗のご両親だったと言っていた。
「麗が俺と結婚したいなんて、言うはずないだろ」
もっと色々と揉めるのかと思っていたが、意外にもすんなり三条専務が諦めてくれそうで驚きを隠せない。
わざわざ恋人役を探すまでもなかったのではないだろうか。
三条課長が、麗との結婚は嫌だと突っぱねれば、ああそうかで終わりそうだ。
「麗ちゃんも、恋人がいるからかい?」
「それは本人に聞いてよ」
「秀征《しゅうせい》には言わないよ」
秀征という人は麗の父親のことだろうか。
「言わないかもしれないけど、探偵雇って細かく調べた上で報告しそうだ」
「息子からの信用ゼロだなぁ」
麗の恋人の話はあたしも最近聞いたばかりだし気になるところではあるが、話の腰を折るのもはばかられて聞けなかった。
それに、雰囲気から麗のご両親がやっぱり三条課長との結婚を望んでいると伝わってくる。
「笑留、置いてけぼりでごめんね。麗の父親はさ、明治時代から続く旧華族の直径なんだよ。閨閥《けいばつ》の名残なのか麗の恋人なんかにも口うるさく言ってくるんだ。たまたま幼なじみの俺がさ、歳も近くて家柄も良くてってことで目をつけられたわけ」
「麗と、結婚……しない、ですよね?」
わかっていても、恐る恐る聞いてしまう。
「しないよ。したってうまくいくはずないって、お互いにわかってるしね」
「そうだね。英臣にその気がなければ、秀征もしつこくは言ってこないだろうけど、麗ちゃんの恋人のことを調べるぐらいはしてそうだ。ああ、笑留ちゃん安心していいよ。私も妻も英臣の結婚についてうるさく言うつもりはないからね。会社の跡を継いでトップに立ってくれるだけで十分だよ」
そっか、やっぱり三条課長は後を継ぐんだ。
ますます遠い存在になりそうで、さっきまでの甘く密かな時間が幻みたいに思えてくる。
卑屈になったらダメと思っていても、社長になった彼の隣にいられるはずがないと不安になる。
「笑留? 聞いてた? 凹むところじゃないでしょ。むしろ喜ぶところだよ」
「へっ?」
「俺と笑留が結婚したら祝福してくれるみたいだよ」
「結婚……」
三条課長と結婚?
まさか、あたしが──?
フリ、じゃなくて?
「英臣、お前振られるんじゃないか? 笑留ちゃん、お前と結婚する気ないみたいだぞ」
「え、えええっ!?」
三条専務がニヤリと口角を上げて笑う。
冗談とも本気ともつかない言い方で、どう答えていいのか困る。
「俺たちのことは、俺たちで決めるから。父さん話済んだんなら早く帰りなよ。っていうか電話で済む話でしょ、これ」
「ん? いや、ちょっと風の噂で英臣に恋人ができたって聞いたものでね。今日休みだって言うし、もしかしたらその恋人に会えるかなって来たら、予想通りだったよ」
「風の噂って……情報源、絶対麗だろ」
「どうかな? じゃあ、今度こそ帰るよ」
三条専務は立ち上がり、うんっと伸びをすると颯爽と帰って行った。
玄関のドアが閉まったのを確認して疑問を口にする。
「どうして、麗が言ったってわかるんですか?」
あんまりにも呆気なくあたしの存在を受け入れてくれたこともそうだが、どちらでも構わないというスタンスではありながらも、父親として三条課長が麗と結婚してくれれば嬉しいことに違いはないだろう。
それなのに、突然の訪問にも関わらず部屋にあたしがいたことに、さして驚いてなかったように見えた。
「ああ……実はさ」
「はい」
「麗が困ってたのは本当なんだけどね。うちの親はそう結婚相手にうるさいわけもないから、断ろうと思えば断れた」
「そんな感じはしました」
「でも、チャンスだなって思っちゃったんだよね」
「チャンス?」
「うん。困ってるから恋人のフリしてって頼めば、キミに近づけるかなって打算があった。じゃなかったら、いくら幼なじみとはいえ、仕事中にあんなに話しかけないよ。笑留が麗の友達だったからだ」
たしかに麗の友人とはいえ、三条課長はわりと頻繁に話しかけてくれていた。最初は麗と恋人同士だからだと思っていたが、幼馴染みにあれほど話しかけているのには今思えば違和感があった。
「最初から……フリじゃなかったんですか」
「フリじゃないよ。恋人になってって言ったでしょ? 麗は、俺がキミのこと好きなの知ってたからね。実家にはあいつしょっちゅう出入りしてるし、こういう時幼なじみって面倒だよ。すぐバレる」
あたしの気持ちも気づいていた麗は、仕事中も三条課長と偶然を装って会えるようにと仕組んでいたらしい。
麗は何もかもを知っていて、自分が結婚させられるって大変な時に、あたしと三条課長のことを考えてくれていた。
そりゃあ、麗にだって打算はあったんだろう。
あたしと三条課長がうまくいけば結婚はなくなるわけだから。
綺麗で、強くて、優しくて。
やっぱり麗はあたしにとって憧れの女性だ。
「でも、麗のおかげで……あたしは英臣さんとこうしていられるんですね」
「そうだね。麗に借りを作るのは癪だから、そのうち返そうか? 二人で」
「はい」