愛される自信をキミにあげる

「笑留! ねえ、これ知ってる!?」
 話しかけてきたのは、同僚の三田薫《みたかおる》だ。
 薫とは同期入社で部署が違うものの、会えばよく話す。
 興奮状態で壁に貼られた紙を指差していて、あたしも釣られて視線を移した。
「ああ、模擬挙式と披露宴? 別に珍しいことじゃないでしょ? これがどうかしたの?」
 結婚式場では、これから挙式披露宴を考えている人たち向けに、ブライダルフェアの中で、模擬挙式や披露宴を列席者となって体験してもらうサービスがある。
 しかし模擬とはいえ、参列者役で実際にコース料理も試食することができる本格的なものだ。
 モデルに新郎新婦役を頼み、実際に挙式から披露宴を簡略化した流れで体験してもらうのだ。ブライダルフェアは、模擬挙式、模擬披露宴だけではなく、費用などの相談会、ドレスの試着会も含まれる。
 専属のプランナーがつくことになるので、当日はあたしたちは大忙しだ。
 どこの式場、ホテルでもやっていることで、別段めずらしくはない。
 薫が指差した紙は、メールでも案内が来ていたスタッフ向けのお知らせだった。
 確か手の空いているスタッフは、一組ずつのお客様の対応のため参加するようにという内容だ。
「今回のモデル! 誰だと思う?」
「モデル? いつものブライダルモデルさんに頼むんじゃないの?」
「違うのよ! あの噂のふ、た、り!」
「噂の二人?」
 ブライダルモデルに噂になっている二人がいるのだろうか、と首を傾げると、薫は勢いよく首を横に振った。
「もうっ! 笑留ってば、本当にそういうの疎いんだから! はい! うちの会社で誰もが知るビックカップルと言えば誰と誰でしょうか?」
「え……まさか、三条課長……」
「ピンポーン!」
 その後も薫が本番の練習になるね、とか美男美女で絵になるだろうなとか色々言っていたが、あたしの耳には入ってこなかった。
 このぐらいのことで、ショックを受ける必要はないはずだ。
 だって、三条課長と付き合ってるのは本当はあたしで、麗には別に恋人がいる。
 結婚式場で働いている以上、あれだけ目立つ二人がモデルに選ばれることはおかしくないし、今までなかった方が不思議なぐらいだ。
 二人が恋人だというのは社員公認となっているが、二人は肯定も否定もしていない。
 もちろん勝手な噂を否定するためにわざわざプライベートをさらけ出す必要がないからだ。
 なのに、黒い感情が胸の中にモヤモヤとくすぶり始める。
 図々しいにもほどがある。
 三条課長の隣に立つのは、あたしでありたいなんて。
「笑留って、滝川さんと仲よかったよね? どうなの? 本当に結婚間近とか聞いてないの?」
「うん……わかんない、けど」
 だって、本当に三条課長と付き合ってるのはあたし。
 そう言いたいのに、どうしたって言えるはずもない。
 釣り合わないことなんて初めからわかってる。
 それでも、あの人の隣にいたいって思ったんだから。
「でも、三条課長はやっぱりああいう美人がタイプかぁって、残念な気持ちもあるのよね……別にあたしはさ、王子様系男子にそんなに興味ないんだけどさ。ほら、三条課長に恋してる女の子いっぱいいるじゃない? それこそ、しょっちゅううちと契約してる派遣会社のスタッフに告白されてるって言うのに、御曹司とお嬢様で結婚したら意外性の一つもないわよねぇ」
「うん……」
 あたしも当たり前のように、お似合いの二人だと思っていたからわかる。
「三条家って、一族が大き過ぎてお嫁さんになったらめっちゃ大変そうでしょ? その辺滝川さんなら、三条家と並ぶあの滝川財閥のお嬢様だし、やっぱり収まるところに収まるようにできてるんだなぁって思うんだけど。女の子はさ、シンデレラストーリーに憧れるもんなのよ」
「十分、麗ならシンデレラじゃない?」
「そういう意味じゃなくて。まさかって相手と実は隠れて付き合ってたとかさ! そしたら、三条課長って外見だけじゃなくて、ちゃんと性格で見てるんだ〜羨ましいってなるじゃない?」
「そう、なのかな?」
 じゃあ、その相手があたしであっても、薫はお似合いだと思ってくれるのかな。
「まあ、現実にシンデレラストーリーなんて、そうそうあるもんじゃないけどねぇ」
「うん、だよね」
 シンデレラストーリーなんて存在しない。
 いつか、この幸せな日にも終わりがきてしまうのだろうか。
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