愛される自信をキミにあげる
九
九
寝不足で会社に行くのは正直キツかった。
けどそれ以上に、頭の中が幸せな気分でいっぱいだったから、披露宴中に子どもたちが走り回ってスタッフとぶつかるというハプニングが起きても、焦らず対応できた。
打ち合わせ中に、引き出物を巡って新郎新婦が喧嘩を始めても笑顔は崩さなかった。
今朝はバタバタしていて三条課長が模擬挙式を受けるのかどうか、結局結論を聞くことはできなかった。
複雑ではあるが、今後予定してるお客様の披露宴を悲しいものにしてしまうよりずっといい。
何年後かに思い出した時、笑顔で思い出のページを捲れるように。
ただ、一つ気になるのは麗のこと。
ここ何日かは話をするタイミングがなかったけれど、今日久し振りに遠目に顔を見た。様子がおかしいことは一目瞭然だった。
化粧っ気がなく、お客様との打ち合わせ中も眼鏡をかけていないし、髪はおろしたまま。
それでも美人であることに変わりはないのは羨ましい限りだが、笑顔もなく憔悴しきっていた。
もしかしたら、恋人とのことでお父さんと何かあったのかもしれない。
三条課長が模擬挙式を断ろうとしただけで、うちの会社に圧力をかけてくる人だ。
麗から直接聞いたわけじゃないけど、俳優の卵だという恋人との付き合いを認めてもらえなかったのかと考えてしまう。
話がしたくて、なんとかタイミングを図ったけどどうにもならなかった。
ヘルプに入る披露宴も違えば、担当してるお客様も違う。
どうしたって忙しいこの時期、私語に時間を取れるほどの暇はなかった。
あたしにできることなんて、何もないってわかってるけど、それでも何か力になりたかった。
だから、トイレに行くと行っては休憩室のあるフロアに麗の姿がないかと探していた。
もしかしたらもう次の挙式の準備に入っているのかもしれない。
今日は夜までみっちりと披露宴が入っているし、後片付けの時には会えるかもしれないと諦めかけて踵を返そうとした時、どこかから小さな物音が聞こえた。
エレベーターホールを挟んで休憩室の反対側、柱が影になっている一角に誰かいるようだ。
そっと近づいてみると、話し声が聞こえる。
「……ば、よかった」
それが麗のものだとわかり、よかったと胸をなでおろす。
話の邪魔をするのは悪いけど譲ってもらおうと、曲がり角に足を進めた瞬間。
「あたし……やっぱり英臣と結婚した方がうまくいくのかな……」
小さいながらもはっきりとそう聞こえた。
数メートル先に見える麗は肩を震わせていて、傍らに三条課長の姿がある。
あたしは、息を潜めて呆然と立ち尽くす。
小さい頃から兄妹みたいに過ごしてきた二人だ。
悲しんでいる麗を慰めるのは、三条課長の役目なのだろう。
でも──。
「もし、あたしが結婚してって言ったら……してくれる?」
隣に立っている三条課長の手が、麗の背中を優しく摩る。
しゃくりあげるように泣く麗が、三条課長の胸の中に顔を埋める。
ギュッと胸が締めつけられた。
二人にバレないように立ち去ろうと後ずさるが、三条課長の胸から顔を上げた麗と目が合ってしまった。
「笑留っ!」
あたしは逃げるようにその場を後にした。
昨夜の幸せな時間なんか、見事に頭の中から消え去った。
三条課長があたしを裏切ったとは思わない。
やっぱり薫が言っていたとおりだ。
シンデレラストーリーなんか、そうそうない。
世の中は収まるところに収まるようにできている。
あたしはやっぱりヒロインにはなれなかったみたいだ。
所詮、モブはモブ。
ショックではあるけど、心のどこかでもしかしたらこの幸せは一時的なのかもしれないって、覚悟してた部分はあった。
三条課長と結婚して、老いてもずっと一緒にいるって──そんな妄想して馬鹿みたい。
叶うはずなかった──やっぱり、麗に敵うはずがなかった。
わかっているのに。
お父さんに似てたら、三条課長はあたしを選んでくれたのかな。
麗みたいに美人だったら──大好きな人のそばにいられたのかな。
あたしの諦めきった感情とは裏腹に、涙がボロボロとこぼれ落ちた。
寝不足で会社に行くのは正直キツかった。
けどそれ以上に、頭の中が幸せな気分でいっぱいだったから、披露宴中に子どもたちが走り回ってスタッフとぶつかるというハプニングが起きても、焦らず対応できた。
打ち合わせ中に、引き出物を巡って新郎新婦が喧嘩を始めても笑顔は崩さなかった。
今朝はバタバタしていて三条課長が模擬挙式を受けるのかどうか、結局結論を聞くことはできなかった。
複雑ではあるが、今後予定してるお客様の披露宴を悲しいものにしてしまうよりずっといい。
何年後かに思い出した時、笑顔で思い出のページを捲れるように。
ただ、一つ気になるのは麗のこと。
ここ何日かは話をするタイミングがなかったけれど、今日久し振りに遠目に顔を見た。様子がおかしいことは一目瞭然だった。
化粧っ気がなく、お客様との打ち合わせ中も眼鏡をかけていないし、髪はおろしたまま。
それでも美人であることに変わりはないのは羨ましい限りだが、笑顔もなく憔悴しきっていた。
もしかしたら、恋人とのことでお父さんと何かあったのかもしれない。
三条課長が模擬挙式を断ろうとしただけで、うちの会社に圧力をかけてくる人だ。
麗から直接聞いたわけじゃないけど、俳優の卵だという恋人との付き合いを認めてもらえなかったのかと考えてしまう。
話がしたくて、なんとかタイミングを図ったけどどうにもならなかった。
ヘルプに入る披露宴も違えば、担当してるお客様も違う。
どうしたって忙しいこの時期、私語に時間を取れるほどの暇はなかった。
あたしにできることなんて、何もないってわかってるけど、それでも何か力になりたかった。
だから、トイレに行くと行っては休憩室のあるフロアに麗の姿がないかと探していた。
もしかしたらもう次の挙式の準備に入っているのかもしれない。
今日は夜までみっちりと披露宴が入っているし、後片付けの時には会えるかもしれないと諦めかけて踵を返そうとした時、どこかから小さな物音が聞こえた。
エレベーターホールを挟んで休憩室の反対側、柱が影になっている一角に誰かいるようだ。
そっと近づいてみると、話し声が聞こえる。
「……ば、よかった」
それが麗のものだとわかり、よかったと胸をなでおろす。
話の邪魔をするのは悪いけど譲ってもらおうと、曲がり角に足を進めた瞬間。
「あたし……やっぱり英臣と結婚した方がうまくいくのかな……」
小さいながらもはっきりとそう聞こえた。
数メートル先に見える麗は肩を震わせていて、傍らに三条課長の姿がある。
あたしは、息を潜めて呆然と立ち尽くす。
小さい頃から兄妹みたいに過ごしてきた二人だ。
悲しんでいる麗を慰めるのは、三条課長の役目なのだろう。
でも──。
「もし、あたしが結婚してって言ったら……してくれる?」
隣に立っている三条課長の手が、麗の背中を優しく摩る。
しゃくりあげるように泣く麗が、三条課長の胸の中に顔を埋める。
ギュッと胸が締めつけられた。
二人にバレないように立ち去ろうと後ずさるが、三条課長の胸から顔を上げた麗と目が合ってしまった。
「笑留っ!」
あたしは逃げるようにその場を後にした。
昨夜の幸せな時間なんか、見事に頭の中から消え去った。
三条課長があたしを裏切ったとは思わない。
やっぱり薫が言っていたとおりだ。
シンデレラストーリーなんか、そうそうない。
世の中は収まるところに収まるようにできている。
あたしはやっぱりヒロインにはなれなかったみたいだ。
所詮、モブはモブ。
ショックではあるけど、心のどこかでもしかしたらこの幸せは一時的なのかもしれないって、覚悟してた部分はあった。
三条課長と結婚して、老いてもずっと一緒にいるって──そんな妄想して馬鹿みたい。
叶うはずなかった──やっぱり、麗に敵うはずがなかった。
わかっているのに。
お父さんに似てたら、三条課長はあたしを選んでくれたのかな。
麗みたいに美人だったら──大好きな人のそばにいられたのかな。
あたしの諦めきった感情とは裏腹に、涙がボロボロとこぼれ落ちた。