愛される自信をキミにあげる
三
三
ふわりと香るネギとゴマ油の匂い。
接客業だから、お客様との打ち合わせの予定がない日が限定だけれど、あたしにとってはここに来るのは社会人になってからの楽しみだった。
床は油で汚れていて、カウンターとテーブルが二組の狭い店内。男性客が多く、女性客はあたしだけだ。けれど顔馴染みの店主は「いらっしゃい」と驚きもせずに迎えてくれる。
ランチから帰ったら、速攻で消臭剤を社服にかけなければならないが、たまに食べたくなる味なのだ。周りに臭いと思われないように、歯磨き後のマスクを常備してまで。
つまり今、そんな場所に、なぜか三条課長と一緒にいる。
「あ、の……今日、担当してらっしゃるお客様の披露宴は……」
つい聞いてしまったのは、話が続かなかったからとか、そういうわけじゃない。
今日は平日ということもあって数は少なかったが、午前中に一件だけ披露宴があった。
午後は夜も含めて披露宴会場の予約が入ってないことは確認している。
突然何が食べに行くのと聞かれたからラーメンと答えてしまっただけで、こんな予定ではなかった。
まさか三条課長がラーメン食べに行くとは思わないし、あたしはこれからラーメンを食べに行きますよ、というただの会話の流れで出た話に過ぎない。
カウンターに並んで座っている今の状態を想像すらしていなかった。
ラーメンという料理をもしかしたら知らないかもしれない、と想像した。結構濃いめの味で、ネギがいっぱい入ってて、フォークとナイフは出てこないんです。
午後にお客様との打ち合わせがあるなら、控えた方がいいですよと言いたかった。
けれど、とうの三条課長は目の前に出てきたラーメンに目を輝かせて、箸を綺麗な所作で割ると、ブランド物スーツであることも気にせずにラーメンをすすった。
「うん、ほんとだ。美味しいね」
「美味しい、ですか……」
「あ、スーツなら大丈夫だよ。午後も打ち合わせあるけど、着替え置いてあるし、シャワー浴びるから」
「シャワー……」
どこでと疑問が顔にでていたのか、柔和な笑みを浮かべた三条課長がいたずらっぽく瞳を細めて、あたしの耳元に顔を寄せた。
内緒話でもするみたいに潜めた艶めいた声が、耳から脳内へと広がっていく。
「ああ、よかったら白崎さんも使う? 父さんの執務室シャワールームあるからさ。たまに使わせてもらってるんだよね。でも、他の人には内緒ね」
人差し指があたしの唇に触れた。
同じ食べ物を口にしてるとは思えない。
だって、三条課長からはすごくいい匂いがした。
ラーメンのネギの匂いなんてかき消すぐらい、爽やかで清潔そうな香り。
「つ、つっ……使いませんっ」
ラーメンに集中して、いつもここで食事をする時はラーメンのことしか考えない。
それなのに、今日に限ってはせっかくの美味しいスープの味も、まったく感じられなかった。
なんとかどんぶり一杯は食べ終わって、隣をそっと見つめれば食べるところを見られていたのか、とっくに食べ終えていた三条課長と目が合った。
「ね、やっぱりキミに決めた。協力してくれないかな」
その言葉に、思わず麗を思い出した。
三条課長も今までの人生で、自分の思い通りにならないことなんてなかった人だ。
協力してくれないかと疑問形で聞いておきながら、断られるなんて微塵も考えていないのだろう。
自信に溢れていて、魅力的な笑顔が向けられる。
こんなの……憧れの大好きな人にこんな風に笑われたら、何だってしてしまう。
何を協力すればいいのかも聞いていないのに、あたしはまるで魔法にでもかかったように、気づいた時には頷いていた。
ふわりと香るネギとゴマ油の匂い。
接客業だから、お客様との打ち合わせの予定がない日が限定だけれど、あたしにとってはここに来るのは社会人になってからの楽しみだった。
床は油で汚れていて、カウンターとテーブルが二組の狭い店内。男性客が多く、女性客はあたしだけだ。けれど顔馴染みの店主は「いらっしゃい」と驚きもせずに迎えてくれる。
ランチから帰ったら、速攻で消臭剤を社服にかけなければならないが、たまに食べたくなる味なのだ。周りに臭いと思われないように、歯磨き後のマスクを常備してまで。
つまり今、そんな場所に、なぜか三条課長と一緒にいる。
「あ、の……今日、担当してらっしゃるお客様の披露宴は……」
つい聞いてしまったのは、話が続かなかったからとか、そういうわけじゃない。
今日は平日ということもあって数は少なかったが、午前中に一件だけ披露宴があった。
午後は夜も含めて披露宴会場の予約が入ってないことは確認している。
突然何が食べに行くのと聞かれたからラーメンと答えてしまっただけで、こんな予定ではなかった。
まさか三条課長がラーメン食べに行くとは思わないし、あたしはこれからラーメンを食べに行きますよ、というただの会話の流れで出た話に過ぎない。
カウンターに並んで座っている今の状態を想像すらしていなかった。
ラーメンという料理をもしかしたら知らないかもしれない、と想像した。結構濃いめの味で、ネギがいっぱい入ってて、フォークとナイフは出てこないんです。
午後にお客様との打ち合わせがあるなら、控えた方がいいですよと言いたかった。
けれど、とうの三条課長は目の前に出てきたラーメンに目を輝かせて、箸を綺麗な所作で割ると、ブランド物スーツであることも気にせずにラーメンをすすった。
「うん、ほんとだ。美味しいね」
「美味しい、ですか……」
「あ、スーツなら大丈夫だよ。午後も打ち合わせあるけど、着替え置いてあるし、シャワー浴びるから」
「シャワー……」
どこでと疑問が顔にでていたのか、柔和な笑みを浮かべた三条課長がいたずらっぽく瞳を細めて、あたしの耳元に顔を寄せた。
内緒話でもするみたいに潜めた艶めいた声が、耳から脳内へと広がっていく。
「ああ、よかったら白崎さんも使う? 父さんの執務室シャワールームあるからさ。たまに使わせてもらってるんだよね。でも、他の人には内緒ね」
人差し指があたしの唇に触れた。
同じ食べ物を口にしてるとは思えない。
だって、三条課長からはすごくいい匂いがした。
ラーメンのネギの匂いなんてかき消すぐらい、爽やかで清潔そうな香り。
「つ、つっ……使いませんっ」
ラーメンに集中して、いつもここで食事をする時はラーメンのことしか考えない。
それなのに、今日に限ってはせっかくの美味しいスープの味も、まったく感じられなかった。
なんとかどんぶり一杯は食べ終わって、隣をそっと見つめれば食べるところを見られていたのか、とっくに食べ終えていた三条課長と目が合った。
「ね、やっぱりキミに決めた。協力してくれないかな」
その言葉に、思わず麗を思い出した。
三条課長も今までの人生で、自分の思い通りにならないことなんてなかった人だ。
協力してくれないかと疑問形で聞いておきながら、断られるなんて微塵も考えていないのだろう。
自信に溢れていて、魅力的な笑顔が向けられる。
こんなの……憧れの大好きな人にこんな風に笑われたら、何だってしてしまう。
何を協力すればいいのかも聞いていないのに、あたしはまるで魔法にでもかかったように、気づいた時には頷いていた。