雪女
雪山孤児
寒い
冷たい
消えたい
この中で誰にも触れずに死に絶えたい
汚いのは嫌い
綺麗な雪が好き
たとえ死に近くても
この雪の中で眠りたい
「お前はのう、いらん子じゃけんこの山に捨てられるんじゃ」
それが母の最後の言葉だった。それからずっと1人で暮らした。雪の解けない山の中で1人暮らした。誰もいない。なんの音もしない。
私はいつの間にか山の一部になっていた。
今年もまた雪が降る。何かをつつみかくすように雪が降る。わたしの罪も消えればいい。わたしの記憶も消えればいい。
「お雪」
自分で喋ってみた。高い峰を裸足で歩く。足元がしゃくりと溶ける音がする。冷たいのに慣れた。足が赤い。息は白い。わたしは消える。雪が溶けると消える。
「お前はいらん子じゃ」
そっと呟いて笑う。
いらん子じゃ。
いらん子じゃ。
なんで産んだんじゃ。なんで生まれてきたんじゃ。なんのために息が続くんじゃ。
誰もわたしを必要としない。誰もわたしをみない。誰もわたしに触れない。
どこにも誰もいない。
楽しい。
自由で震える。
寂しい。
死にたくて怖い。
誰か見つけて。
わたしをこの雪山から連れ出して。
「あのね、神さま。わたしは生まれた時から全部間違ってたんじゃ。誰の役にも立たず、幸せなんか望めず、意味もなく息を吐き続けるんじゃ。だったらなんでなんでこの胸は動いとるんかのう…」
答えはない。
音のない風が吹きすさぶ。
あははははははははははは。
あははははははははははは。
山の下から吹いてくる声はいつも笑っていた。
幸せだと。
羨ましいでしょうと笑っていた。
わたしが捨てられた代わりに幸せになれた子達。その子達の幸せを守るために捨てられたわたし。
「いらんなら殺せばよかったんじゃ」
涙が風にさらわれていく。
なんでなんの意味も与えられずただ不幸を享受するのか。
「…狂ってしまわんとやってられんのう」
わたしはいらない子。
この世界もわたしをいらない。
わたしにもこの世界は必要ない。
みんな幸せでよかったね。
わたしはなんのための形なの?
心も体も凍ってしまった。
もう何も感じない。
寒くない。
寒くない。
わたしは雪に消えていく。
「空亡」
呼びかける。
青い髪に金色の目。
彼は雪山に住む妖怪だった。
「なんだ、お雪。また山下を見に行ったのか」
空が好きだからと、空に1番近い山に住む空亡は表情の無い顔で答えた。
「あんたに関係ないでしょう」
「答えんでもわかっとる。お前はいっつも山下を見に行っては泣いとるけんのう」
空亡は温度がない。
その言葉にも態度にも、温かみもいたわりもない。その透明感が好き。
軽さが楽。
「お前はいらん子じゃけんのう」
「うるさいよ」
「人間は多すぎる。お前が省かれたけんて気にすることないぞ」
「うるさいってば。わたしは人間じゃないし」
空亡は木の枝を束ねる手を止めた。
「…なんでそんなこと言うんじゃ」
「なんでって…だってわたしはもう寒さを感じない。普通の人間みたいに言葉もはけない。感情もないし…」
「それでもお前は人間じゃ」
「人間は嫌いだ」
わたしの目に宿った憎しみに気づいたのか、空亡は鼻で息を吐いた。また木の枝を束ねる作業に戻る。
「好きにせぇ…」
空亡は怒らない。空亡は興味がない。
その分わたしを期待させたりがっかりさせたりしない。
空亡は温度がない。
だから多分、わたしがそばにいれる唯一の存在。
「この雪いつまで降るかな…」
「雪に聞け雪に」
「雪さん、いつまで降るんですか」
問いかける。なんの返事もない。
随分しばらく経ってから、空亡がため息をついた。
「そんなの知るかい。気の向くまま心の満ちるまでじゃ」
「なんで答えるのよ。雪に聞いたのよ」
「うるせぇ、お前がいつまでもアホな事しとるけん耐えられんかったんじゃ」
「どういうことよ」
「うるさいって言っとるんじゃ」
空亡は立ち上がった。そのわたしを見下ろす顔。なんの感情もない、痛みを隠す瞳。
「お前はいらん子じゃ」
「知っとる…」
目を伏せるわたしの頭に、空亡は束ねた木の枝をかぶせた。がさっとおとがする。
「何すんなら」
「お前、自分で自分を捨てんなよ」
意味がわからない。突き放すような言葉に空亡は何を込めたのか。わかりたくもない。もう何年も一緒にいる。空亡はいなくならない。ただし、空亡以外の何かにはならない。
冷たい。
ずっとこの山は冷たいだけだ。
「慣れんとな…」
頭の上から枝を手に取り、わたしは歩き去った空亡の後を追う。
吹雪いていた。
山の上の上に行くと、知っている。雲の上に出ることを。そこには星が瞬いていた。
「なぁ、空亡」
空亡は木の枝を編み始める。
「あぁ?」
「もしも空亡がいなくなったら、うちはどうやって生きていけばいいと思う?」
空亡は息を吐いた。
「前から思っとったけどよ、お前、あんま俺にたよんなよ」
「どういうこと?」
「俺はいなくなるぞ」
「別に困らないけど…」
「さっきと言っとることが違うぞ」
空亡は笑う。
「可哀想やと思って欲しいんか?」
「何を言いよるん?」
「いや、なんで俺と一緒におるんかなと思って」
「なんで理由が必要なん?」
一人でおったら寂しいやんか。
「俺は永遠じゃないけんね」
「空亡はさ、そうやっていっつも自分を寂しい方に追い詰めるよね」
「男と女じゃ違うんじゃ」
「妖怪と人間だし」
神様が世界を作った時、生命に不幸であれと言っただろうか。そんなはずないのにどうしてもその道を選んでしまうのならば、生命は神様から見捨てられたのだろうか。
命が帰る場所。
今一緒にいること。
それだけで時間は十分なのに。
神様はもうこの世界に興味がないのかもしれない。
冷たい
消えたい
この中で誰にも触れずに死に絶えたい
汚いのは嫌い
綺麗な雪が好き
たとえ死に近くても
この雪の中で眠りたい
「お前はのう、いらん子じゃけんこの山に捨てられるんじゃ」
それが母の最後の言葉だった。それからずっと1人で暮らした。雪の解けない山の中で1人暮らした。誰もいない。なんの音もしない。
私はいつの間にか山の一部になっていた。
今年もまた雪が降る。何かをつつみかくすように雪が降る。わたしの罪も消えればいい。わたしの記憶も消えればいい。
「お雪」
自分で喋ってみた。高い峰を裸足で歩く。足元がしゃくりと溶ける音がする。冷たいのに慣れた。足が赤い。息は白い。わたしは消える。雪が溶けると消える。
「お前はいらん子じゃ」
そっと呟いて笑う。
いらん子じゃ。
いらん子じゃ。
なんで産んだんじゃ。なんで生まれてきたんじゃ。なんのために息が続くんじゃ。
誰もわたしを必要としない。誰もわたしをみない。誰もわたしに触れない。
どこにも誰もいない。
楽しい。
自由で震える。
寂しい。
死にたくて怖い。
誰か見つけて。
わたしをこの雪山から連れ出して。
「あのね、神さま。わたしは生まれた時から全部間違ってたんじゃ。誰の役にも立たず、幸せなんか望めず、意味もなく息を吐き続けるんじゃ。だったらなんでなんでこの胸は動いとるんかのう…」
答えはない。
音のない風が吹きすさぶ。
あははははははははははは。
あははははははははははは。
山の下から吹いてくる声はいつも笑っていた。
幸せだと。
羨ましいでしょうと笑っていた。
わたしが捨てられた代わりに幸せになれた子達。その子達の幸せを守るために捨てられたわたし。
「いらんなら殺せばよかったんじゃ」
涙が風にさらわれていく。
なんでなんの意味も与えられずただ不幸を享受するのか。
「…狂ってしまわんとやってられんのう」
わたしはいらない子。
この世界もわたしをいらない。
わたしにもこの世界は必要ない。
みんな幸せでよかったね。
わたしはなんのための形なの?
心も体も凍ってしまった。
もう何も感じない。
寒くない。
寒くない。
わたしは雪に消えていく。
「空亡」
呼びかける。
青い髪に金色の目。
彼は雪山に住む妖怪だった。
「なんだ、お雪。また山下を見に行ったのか」
空が好きだからと、空に1番近い山に住む空亡は表情の無い顔で答えた。
「あんたに関係ないでしょう」
「答えんでもわかっとる。お前はいっつも山下を見に行っては泣いとるけんのう」
空亡は温度がない。
その言葉にも態度にも、温かみもいたわりもない。その透明感が好き。
軽さが楽。
「お前はいらん子じゃけんのう」
「うるさいよ」
「人間は多すぎる。お前が省かれたけんて気にすることないぞ」
「うるさいってば。わたしは人間じゃないし」
空亡は木の枝を束ねる手を止めた。
「…なんでそんなこと言うんじゃ」
「なんでって…だってわたしはもう寒さを感じない。普通の人間みたいに言葉もはけない。感情もないし…」
「それでもお前は人間じゃ」
「人間は嫌いだ」
わたしの目に宿った憎しみに気づいたのか、空亡は鼻で息を吐いた。また木の枝を束ねる作業に戻る。
「好きにせぇ…」
空亡は怒らない。空亡は興味がない。
その分わたしを期待させたりがっかりさせたりしない。
空亡は温度がない。
だから多分、わたしがそばにいれる唯一の存在。
「この雪いつまで降るかな…」
「雪に聞け雪に」
「雪さん、いつまで降るんですか」
問いかける。なんの返事もない。
随分しばらく経ってから、空亡がため息をついた。
「そんなの知るかい。気の向くまま心の満ちるまでじゃ」
「なんで答えるのよ。雪に聞いたのよ」
「うるせぇ、お前がいつまでもアホな事しとるけん耐えられんかったんじゃ」
「どういうことよ」
「うるさいって言っとるんじゃ」
空亡は立ち上がった。そのわたしを見下ろす顔。なんの感情もない、痛みを隠す瞳。
「お前はいらん子じゃ」
「知っとる…」
目を伏せるわたしの頭に、空亡は束ねた木の枝をかぶせた。がさっとおとがする。
「何すんなら」
「お前、自分で自分を捨てんなよ」
意味がわからない。突き放すような言葉に空亡は何を込めたのか。わかりたくもない。もう何年も一緒にいる。空亡はいなくならない。ただし、空亡以外の何かにはならない。
冷たい。
ずっとこの山は冷たいだけだ。
「慣れんとな…」
頭の上から枝を手に取り、わたしは歩き去った空亡の後を追う。
吹雪いていた。
山の上の上に行くと、知っている。雲の上に出ることを。そこには星が瞬いていた。
「なぁ、空亡」
空亡は木の枝を編み始める。
「あぁ?」
「もしも空亡がいなくなったら、うちはどうやって生きていけばいいと思う?」
空亡は息を吐いた。
「前から思っとったけどよ、お前、あんま俺にたよんなよ」
「どういうこと?」
「俺はいなくなるぞ」
「別に困らないけど…」
「さっきと言っとることが違うぞ」
空亡は笑う。
「可哀想やと思って欲しいんか?」
「何を言いよるん?」
「いや、なんで俺と一緒におるんかなと思って」
「なんで理由が必要なん?」
一人でおったら寂しいやんか。
「俺は永遠じゃないけんね」
「空亡はさ、そうやっていっつも自分を寂しい方に追い詰めるよね」
「男と女じゃ違うんじゃ」
「妖怪と人間だし」
神様が世界を作った時、生命に不幸であれと言っただろうか。そんなはずないのにどうしてもその道を選んでしまうのならば、生命は神様から見捨てられたのだろうか。
命が帰る場所。
今一緒にいること。
それだけで時間は十分なのに。
神様はもうこの世界に興味がないのかもしれない。