ふつつかな嫁ですが、富豪社長に溺愛されています
東京の一等地に自社ビルを持つ、この大企業グループ会社の最上階が十五階で、重役たちの個室や応接室、会議室、秘書課がこのフロアにあるとオリエンテーションで説明を受けていた。

とはいえ、足を踏み入れるのは初めてのことで、エレベーターを降りるとキョロキョロと辺りを見回してしまう。


このフロアの雰囲気は、機能的で無駄のない他の階とはまったく異なっていた。

ひとつ一つのドアは濃い木目の重厚感と味わいのある立派なもので、床は毛足の短い藍色の絨毯敷き。

壁には絵画が飾られて、高級ホテルのようなしつらえだ。

ホテルと違うのは、フロアの中央辺りに位置している秘書課の壁の一部がガラス張りとなっていて、机が八つほど並んだ室内がはっきりと見えているところだろう。


社長室を探して秘書課の前をゆっくりと通ろうとしたら、私に気づいた秘書がひとり、廊下に出てきた。

その人は昼休みに社長にぶつかった時にも居合わせた女性で、「浜野さんに連絡いたしました、津出恋歌(つでれんか)です」と名乗ってくれた。


恋歌とは、また素敵なお名前で。

演歌には恋の歌が多く、坂本冬美の『また君に恋してる』が大好きだ。五木様の今年の新曲『恋歌酒場』は言わずもがな。


いいお名前ですねと感想を述べて演歌は好きかと聞きたかったのだが、どうやらそんな雰囲気ではないようだ。
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