ふつつかな嫁ですが、富豪社長に溺愛されています
不機嫌そうに口を尖らせる彼の求めに応じて、私はもっくんのフルネームを思い出そうと記憶を探る。

下の名前には、“もと”が付いていた気がするけど、忘れてしまった。

スマホのアドレス帳の登録名も“もっくん”なので、確認しても意味がない。

親しい友人の名前を覚えていないことに気づかされ、自分にも呆れつつ、「忘れちゃった」と苦笑いしてごまかせば、良樹がプイと顔を背けた。


「嘘だ。俺に教えたくないだけだろ? もう知らない。もっくんと仲良くコンサートに行けばいいよ」


あらら。完全に拗ねちゃったね。困った奴だ。

しかし、これも私の愛情を独り占めしたいという男心なら、可愛く思えて許してしまえる。

彼は私に背中の半分を見せ、代わり映えのしない都会の景色を眺めながら口を閉ざしている。

ふてくされる彼に向け、私は少々照れながら、普段は口に出せない想いを言葉にして伝えた。


「前は一番親しい男性は誰かと聞かれたら、もっくんを挙げたけど、今は違うよ。一番は良樹。いや、順番なんてつけられない。良樹を誰より身近に感じるし、特別に大切に思ってる。だって、私の恋人だから……」


言ってるそばから恥ずかしくなり、顔が熱くて言葉を続けられなくなる。

すると彼がゆっくりと振り向いて、その顔には嬉しそうな笑みが戻されていた。

瞳は甘く艶めいて、「キスしていい?」と顎をすくわれたが、「駄目でしょ」と冷静に答えてきっぱりと拒否を示した。

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