ふつつかな嫁ですが、富豪社長に溺愛されています
「えーと、どちらの俺様でしょう?」


きっと彼は人違いをしている。

私の記憶にある限り、こんな大企業グループ会社の御曹司に知り合いはいない。

そもそもどこで知り合えというのだ。

五木様のコンサートで、隣の席で仲良くなったおじいちゃんが、実は変装していた社長だったというなら、話はわかるけれど。


「とりあえず、この腕をほどいてお顔を拝見してもよろしいでしょうか?」と頼んでみる。


私だって一応年頃の女だ。

男勝りで演歌と日本酒をこよなく愛し、年配の男友達は豊富でも彼氏は過去にひとりだけという色気のない人間だが、こんなふうに抱きつかれたら鼓動は速まる。

もっともそれは彼を異性と意識してというよりは、ただ単に驚いているだけなのかもしれないが。


腕を放してくれたので、電球を脚立のてっぺんに置いてから、絨毯敷きの床に足をつけ、私は社長と向かい合った。

冷たい印象だった瞳は眼鏡の奥で弓なりに細められ、口角を上げて白い歯を覗かせて、鬼の片鱗も感じさせない素敵な笑顔だ。


端正なその顔を数秒見つめてから、視線を全身に流す。

背が高いよね。百六十五センチの私と目線の高さが二十センチほど違うから、百八十五センチはありそうだ。

四肢はスラリと長く、それでいてさっき抱きしめられた時には、その腕にほどよい逞しさを感じた。

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